広島原爆忌

今朝また猫広場に行ってきましたが、やはり雲の姿はありません。
エサやりのお母さんも他の世話人の方も姿を見ていない。

でも、どこかで元気でいると…たぶんどこかの家猫になったのだろうと…皆で「そう考えようよ」と互いを納得させるように語り合いました。生きていてさえくれれば、そして幸せになっていてくれれば。
「たぶん雲も私たちのことは覚えていてくれると思うから」
死んだ…とは意地でも思いたくありません。

さて家に帰るとちょうど広島の原爆慰霊式典が。
午前8:15。
黙祷。

つい先日、オバマ大統領の訪問があった広島。
「原爆を落とした国の大統領」が被爆地を訪れるにあたっては長い間アメリカ国内でコンセンサスが得られなかったといいます。
「原爆投下があったから戦争が早期に集結して多くの人命が救われた」という一部のアメリカ人の論理。それでは、その引き換えに犠牲になった人々は「やむを得ない」で切り捨てるのでしょうか?
戦争の早期終結には原爆以外に方法はなかったのでしょうか。そうは思えません。
仮にそうだとしてもなぜ目標を都市に定めたのか。威力を示すためなら近海の海上で破裂させるだけでもよかったはず。「もし降伏しなければ今度は都市に落とすぞ」と警告する手もあったでしょう。それをしなかったのは…ただ単に「使いたかったから」です。これはアメリカ人自身が認めていることです。


画像

「真珠湾の仕返し」という人もいます。しかし真珠湾攻撃では日本はあくまで軍事目標を攻撃したのであって一般市民をターゲットにはしていません。「巻き添え」になった人はいるでしょうが。
原爆投下には候補地として京都も挙げられていたそうです。「盆地での効果を知りたい」という理由で。

だからと言って今更過去のアメリカ人を責めるつもりはありません。
そうしたところで何にもならないですから。
大事なのはこれから先の未来を見据えることだから。

私の母方の伯母は1945年3月10日の東京大空襲で死にました。
あの時米軍機は目標地域の周囲にまず焼夷弾を投下し、火の輪を作って逃げ道を塞いだうえでその中に後続の部隊が焼夷弾を集中投下したそうです。これが意図的虐殺でなくて何でしょう?

戦争は人間を個人レベルでも国家レベルでも狂気に追い込む。いったん歯車が回り出すと歯止めがきかない。
このことを人間は理屈ではわかっていても克服することができない。
本当の「絶対悪」は核兵器以前に「戦争」そのものであるということを世界が本当に認識する日はいつ来るのでしょうか…。


いつまでも雲のことで気を病んできても仕方ないので、今日は荒川のお祭りを見に行ってきました。その様子は明日のブログで。

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この記事へのコメント

2016年08月07日 00:10
娘は研修旅行で、6年生の時に広島原爆記念館に行きました。きっと何かを感じてきたと思います。
アメリカの事を文句言う前に、日本も過去には、それなりの事をしていたと思います。
今後そうならないために、我々子孫は諸外国と協力しなければならないです。
日本は戦争を放棄した国になりました。
未来永劫そうであって欲しいです。
2016年08月07日 13:46
猫ねこネコさん
その通りですね。
「戦争は政治の延長だ」などということをしたり顔で言う方がいますが、そんなことは絶対に認められません!
自然界を見回してみても同族で殺し合いをするという動物はいません。人間は万物の霊長なのか、それとも地球上もっとも愚かな生き物なのか。今後数十年でその答えが出るような気がしてなりません。

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