鶴居村早春賦

朝7時。一群のタンチョウが舞い降りてきました。

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地面に下り立ってしばらくすると、群れから離れて歩いてきた番。
先導する一羽が嘴を斜めに上げながら「グルルル、グルルル…」とまるで喉の奥でなにかを転がすような鳴き声を立てています。もう一羽はそのななめ後ろからゆっくりとついて歩いていきます。

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前が雄、後ろが雌。
やがて二羽は向きを変えて私のほうを正面に見る位置に。今度は雌が前に出て、しばらく歩いて立ち止まりました。すると後ろに回った雄が急に「クォ、クォ、クォ…」と鳴き方を変え、声も大きくなってきました。するとそれを合図にしたように前に立った雌がそろそろと翼を広げ始めます。

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雄は雌の真後ろに回り…。

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雌の翼が開ききったのを見計らったように雄は片足で踏み切り、雌の背中に乗ります。

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雄はゆるく羽ばたきながらバランスをとり、半身を沈めるようにして雌と体を合わせ、雌は嘴を下げて雄の体を支えてじっと耐えます。

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2月の末から3月にかけて。湿原への回帰を目前にしたタンチョウの番はこうして給餌場で交尾を行うことが多くなります。ただ、給餌場での交尾で受精が起こることはほとんどありません。実際には繁殖地の湿原に戻って営巣してからのの交尾で受精卵ができるようです。そうでないと。せっかく卵を産んでも巣がないし抱卵もできないということになってしまいます。それはタンチョウたち自身が一番よく知っていることです。

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給餌場での交尾は、そういう意味ではウォーミングアップといっていいでしょう。湿原への回帰と営巣の前にお互いの生理的な条件のバランスをシンクロさせるために何度も交尾を繰り返し、確実な受精が成り立つように長い期間交尾の試みを繰り返すのではないかと、タンチョウの権威である正富宏之先生はその著書の中で述べておられます。
終わると、雄が雌の前に滑り落ちるように降り立ち、やがて二羽は愛を確かめるよう背曲げのポーズを取ります。

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こうして「愛のリムセ(アイヌ語で舞踏の意味)」の光景が見られる一方で、目をもう片隅に転じると…。

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まだ首の茶色い幼鳥だけが三羽集まっていました。
おそらくこの三羽はもう親鳥から突き放されたのでしょう。そう、この時期は「子別れ」の時期でもあります。

タンチョウに限らず、野生動物の多くで「子別れ」は見られますが、タンチョウはちょうど今時分の時期。生まれてからこれまで、まるで舐めるように愛情を注いできた我が子を給餌場に置きざりにしてタンチョウの番は湿原に帰っていきます。個体差はありますが、2月の初めころから徐々に親鳥は自分の子供と距離を取り始め、3月ともなると近づくと嘴で突いて追い払うような行動もとります。ピーピー鳴きながら逃げ惑い、それでも親鳥にすがろうとする幼鳥の姿を私も何度か見ましたが、涙を誘うものがありますね。こんな風に親子そろった仲睦まじい光景を見てきただけに。

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親鳥としては湿原で新しい繁殖に入るためには子供がそばにいては困るのです。もう世話をしている余裕などなくなりますから。と言って、もちろん自分の子供に対して愛情がなくなったというわけではありません。一方では我が子の独り立ちを願って心を鬼にして突き放しているのです。
「もうお前は一人前なんだ。これからは修業をして立派な大人になるんだ!」と言っているのでしょう。

親鳥から突き放された幼鳥は、同じ境遇の幼鳥や亜成鳥(生後1~2年の若鳥)などと群れて「若者グループ」を作って行動するようになります。さきほどの三羽もそうした仲間になっていくのでしょう。
彼ら若鳥たちにとってこれからが試練の時。大人たちの縄張りの合間を縫うようにして餌を探し、夏を生き抜いていかねばなりません。そうするうちにさまざまなことを学び取り、やがては自らのパートナーとなる相手を見つけて自分の縄張りを構えるようになります。

ところで「子別れ」の後、親子は縁を切ってしまうのだろうか?というのはずっと私の疑問でした。
でも長年タンチョウを観察していると、必ずしもそうではないのではないかと思うようになりました。冬場、飛んでくるタンチョウを見ると夫婦と幼鳥と一緒に亜成鳥が組んで飛んでくるのを見ることがよくあります。この亜成鳥はいったい??というのが謎だったのですが、どうやらひと夏を過ごして曲がりなりにも自活できるようになった我が子を、冬は親たちが受け入れているのではないかと。冬場は縄張り生活ではなく群れ生活ですからね。例えてみれば独身のお兄ちゃんお姉ちゃんの一時的里帰りのようなものではないかと。

滞在最終日。前夜は低気圧の接近で吹雪。
一夜明けるとそれまで春の兆しを見せていた大地は、再び銀世界に逆戻りしていました。

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タンチョウたちも少々面食らったのでしょうか。戸惑ったような表情の夫婦。

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この雪で一度湿原に戻った夫婦の中にもあわてて給餌場に逆戻りしたのがいたかもしれませんね。鶴居でも15~20cmほど積もりましたから。

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一度開きかけた春への扉、またちょっと閉じられてしまったような…でもこれを繰り返してゆっくりゆっくりと季節は足を進めていきます。タンチョウたちの多くが給餌場から螺旋を描くように高く飛んで湿原に向かい始めたとき、早春賦の調べは最高潮に達します。やがて湖沼の氷が融けエゾアカガエルが鳴き、水鳥たちが北帰行の準備を始めると湿原にもようやく枯色の中に緑が見え始めるようになります。

 春は名のみの 風の寒さや
 谷のうぐいす 歌は思えど
 時にあらずと 声も立てず
 時にあらずと 声も立てず

 氷融け去り 葦は角ぐむ
 さては時ぞと 思うあやにく
 今日もきのうも 雪の空
 今日もきのうも 雪の空

 (唱歌「早春賦」)

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この記事へのコメント

2019年03月13日 23:01
こんばんはo(*^▽^*)o~♪

今の時期の交尾はウォーミングアップなんですね、
そうですよね。
命をつないでいくと言うことは
簡単なことではないんですね。
それに子離れの時期
この時期はツルにとっては本当に忙しい時期なんですね。
また寒波になるとのことです。
みかんさんもお身体気をつけて下さいね。
みかんさんのことを首を長くして待っている胡達が居るのですから。
2019年03月14日 20:19
こんばんは。
貴重なお写真、ありがとうございます。
観察をされているからこそ撮れる写真ですよね。
動物は確実に子孫を残すためにしていることがあるんですよね。
若鶴も里帰りしていると思います。
あのカラスも年に何回か里帰りしています。その里がうちなんですけど、同年の子ガラスでまとまって帰ってくるのを見てると、鳥には鳥の会話やルールがしっかりあるんだな~って感じます。
撮影旅行お疲れさまでした。
最終日が吹雪かなくって良かったですね。
2019年03月14日 21:50
みるくっちさん
春というのはタンチョウたちにとって本当に忙しい季節ですね。子別れ、湿原回帰、営巣、産卵、抱卵…。彼らにとっても「年度替わり」のようなもの。
羽田に着いてあまりの暖かさにクラクラ?きましたが、二日置いて今日はやけに寒く感じたこと。こういう時体調崩しやすいから気を付けないと。

TAMOさん
カラスも同年生まれでかたまってやってくるんですか?なんだか念に一度の同窓会みたいな。(^^;
確かに彼らには彼らなりのコミュニティがあるようです。若鳥同士でグループを作るというのはさまざまな鳥で見られるようですね。
最終日は飛行機も通常通り飛びましたが前日の最終便は欠航になったようです。仲間の一人が「欠航になっちゃったよ~」となぜか嬉しそうな顔で戻ってきました。
明日明後日もちょっと荒れ模様みたいですね。でもこれも春の兆しの一つ。
2019年03月16日 14:55
犬科の動物は集団で生活するので 大人になっても家族を守ったり獲物を狩るために一緒に暮らすものも多いと聞きます。
もっともオスは放浪して新たな伴侶を探さないといけないようですが。
ツルも もしかしたらそういう一面もあるんでしょうか?
まだまだ寒そうな冬景色ですけど ツルはそろそろ準備を始めているんですね。
2019年03月16日 21:41
コマダムさん
タンチョウは基本的に番(夫婦)で行動します。縄張り意識が強いので繁殖地では他の個体を寄せ付けようとはしません。ただ、冬場は越冬地での共同生活になるのでその点はちょっと特殊ですね。ねぐらなどでの行動を見ていると外敵に対するという意味での仲間意識があるようですね。
あれから一週間。もうかなりの番が湿原に帰ったことでしょう。

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