ボードゲーム

今日はちょっとマニアック?な長話を。(^^;
私の書斎の隅っこにある古い書棚
その上の方は時折引っ張り出して読む写真関係の書籍が並んでいるんですが、その下二段にはなにやらアヤシゲなものが入ってます。(^^;

今回ご紹介するマニアックなシロモノというのはこれで。

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これ…なんだかわかります??
隣の防湿庫の横にもこんなものが。

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実はこれ、全部ボードゲーム。40年近く前に買ったものばかり。
ちょうど私が大学三年くらいから社会人になりたての時に流行ったんですよね。1980年代前半が全盛期だったかな。シミュレーションゲームです。当時は「ウォーゲーム」と呼んでる人が多かったですね。

今ではほとんどパソコン化されていますから、こういった古典的なボードゲームそのものはもうほとんど忘れ去られていますけど、当時はちょっと「高級?」な遊びでした。

当時はほとんどが米国製の輸入物で、それに日本語解説書がついていました。
たとえばこの「Panzer Blitz」というゲームの箱の中には

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ボード(盤)とユニット(駒)、それに各種チャートと英文解説書(ルールブック)が入ってます。
左下にある白い冊子が日本語解説書。

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もっともゲームによっては日本語解説書がついてないものもあって、そういうのは英和辞典片手に英文解説書を読みながらやらなきゃならなかった時もありましたが。ほとんど英語のお勉強の世界になったりして。(^^;

で、シミュレーションゲームというのは何かというと、わかりやすく言えば歴史上の様々な戦いをゲーム化したもの。将棋の歴史版という人もいるけどそれはちょっと適切ではないかな、その理由は後で。

盤(ボード:厚紙仕様のもあれば紙のもある)の上に実際の戦いが行われた戦場の地図が描かれ、厚紙でできた駒(ユニットと呼ばれます)が実際の部隊を表します。それを並べて戦うわけですが…。
将棋と違うのは、駒同士の勝敗は戦力差によって決まるということ。
ただ、不確実性を表現するためにサイコロを振って結果を決めるということになります。

駒に書かれている情報はゲームによって様々ですが、たいていの場合「戦闘力」と「移動力」、それにゲームの種類によって「射程」とか「士気値」とかが加わります。

この「Panzer Blitz」の場合は4つの数値が駒に書かれていますが、それぞれ「攻撃力」「防御力」「射程」「移動力」となっています。戦車のシルエットが書かれていますけどこれは1台の戦車を表すのではなく一個小隊(4~5台)を表しています。

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学生時代から社会人初期(京都に転勤になる前くらいまで)の間、同好の仲間が多くいたこともあってけっこうこれにハマりましたね。当時の値段で5,000円程度というのが標準でしたから決して安いものじゃなかった。

何が面白かったかというと、これは将棋に通じるところもあるんだけどとにかくアタマ使うんですよ。戦闘に勝つには敵よりも多い戦力を集中するというのが鉄則なんだけど、戦闘は一ヶ所だけで行われているわけではないので、ある場所から戦力を引き抜くとそこの守りが手薄になって逆に相手にそこを攻められる。そのバランスを取るのがすごく難しい。

このウォーゲームというのは、もともと第二次大戦中にドイツ軍の参謀本部が実際に行っていた図上演習(クリークスシュピール)を元に作られたものなんですが、ゲームの題材になっているのは古代から近代にかけてのさまざまな戦い。古くは古代ローマ時代のアレシアの戦いから近くは第二次世界大戦まで。

その規模も一戦場の狭い範囲のもの(戦術級)から比較的広範囲の戦場をカバーするもの(作戦級)、果ては戦争全体の帰趨を問うもの(戦略級)までありました。かれこれ30近いゲームを買った気がしますが、極めつけはコレでしたね。

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「War in Europe(邦題「第二次欧州大戦」)」

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地図9枚、ユニット数3,600。チャート類13枚。
9枚の地図を全部繋げるとヨーロッパ大陸からアフリカ北岸、中東までカバーするんですが、地図だけで6畳間が全部塞がります。一度は全部繋げてキャペーンゲームやってみたいと思いますけど、さすがにそれは日本の住宅事情ではなかなか…。(^^;
これ、アメリカ人だからできる発想だろうなぁ。家が広くなくちゃ…。
ただ、地図1枚・2枚でできるシナリオも多数(というかその方が多い)あるので、ある意味そのシナリオ数分のゲームをまとめて買ったと思えばいいワケで。ちなみにこれは日本語版は限定発売でシリアルナンバー入り。当時の値段で18,000円しました。
しかしこんなモノに金使ってアホかいな、と自分ながら。(^^;

なにせこのシュミレーションゲームというもの、まず「読書」から入らなければなりません。
ルールが細かいんですよ。(^^;
最低でも20ページ程度、ゲームによっては100ページ近いルールブックがあって…なんぼなんでもそれを全部暗記なんかできませんから、ある程度概略をつかんだらあとはプレイしながらルールブックをその都度ひもとくということになります。気の短い人には向いてないかも。(^^;

こう書いても何をどうやるの?という方も多いでしょうからちょっと一部だけやり方をお見せしましょうか。

これは「The Russian Campaign」(邦題「独ソ戦」)というゲームで戦略級としては駒数も少なくて比較的易しいゲームです。

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↓ゲーム開始時の初期配置。
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1941年6月22日のドイツ軍ソ連侵攻時の両軍の布陣です。

先攻はドイツ軍。
駒を移動力の範囲内で移動させて敵の駒に隣接させて攻撃を宣言するわけですが…。
下の写真ではドイツ軍の6枚の駒がソ連軍の1枚の駒(5-3)に攻撃をかけています。
ここで双方の戦力を比較して単純な整数比に直します。

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このゲームでは駒に書かれた数字は「戦闘力-移動力」ですので、ドイツ軍は「8+8+7+3+5+4」つまり35戦闘力になります。一方ソ連軍は1枚だけなので5戦闘力。戦力比は「35:5」=「7:1」となります。ちなみに割り切れない場合、防御側有利になるように端数を切り捨てます。「29:10」なら「2:1」になるわけです。

これを盤面の隅っこにある「COMBAT RESURTS TABLE」(戦闘結果表)で見ると一番右に「7-1~9-1」の欄があります。これでサイコロを振るわけですが…。

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サイコロの目が「1」ならば「DR」(防御側後退)でこの駒は2マス後ろに下がらねばなりません。「2」ならば「D1」で防御側の駒のうち1枚が除去されます(この場合は1枚しかないので全滅と同じ)、「3」「4」ならば「DE」(防御側全滅)、「5」「6」ならば「DS」(防御側降伏)となります。
全滅と降伏とどう違うの?と思われるかもしれませんが、このゲームの場合「全滅」は後日再編成されて復活することが可能ですが、「降伏」となると永遠に除去されたままで復活できません。

ちなみにこのゲーム、最初のうちはドイツ軍が圧倒的に大きな戦力を持っていますが、時間が経つにつれてソ連軍が戦力を増やし、1941年中にモスクワを攻略(相当難しい)できないと十中八九ソ連軍の勝ちになります。

これを延々と繰り返して、最終的には定められた「勝利条件」をクリアしたかどうかで勝敗が決まるのですが、将棋と違うのは必ずしも「相手を完全に叩きのめして負かす」ことが勝利とは限らないのです。
将棋なら相手の王様を詰めて降伏させることが目的となりますが、ウォーゲームの場合は違います。

多くの場合正統派ヒストリカルゲームでは、その元になっている史実と比べてどれだけ「マシ」な戦いができたか、ということで勝利条件が定められています。
つまり傍目には「ボロ負け」に見えても、その「負けっぷり」が実際の史実よりも「マシ」であればそれはゲーム上では「勝利」と認定されるのです。事実「撤退戦」をテーマにしたゲームというのが多数あり、その場合は史実と比べてどれだけ損害を少なくすることができたか、というのがポイントとなります。

シミュレーションゲームというのは歴史の追体験であり、限られた選択肢の中で「どこまでできたか」を検証するためのツールであると言っていいでしょう。そういう意味では「ゲーム」ではないのかもしれない。

「戦略」「戦術」というものを考えるにはいいツールですね。やみくもに攻めるだけではダメで力を貯める時はじっと貯める。守るべき時は守る。一種企業戦略にも通じるところがあって、事実、これを管理職研修のツールとして使った大企業もあったほどです。

ただ、ここで危険なのは…。
このウォーゲームが流行しだした頃、これに熱中する人の中には「歴史を変えるんだ!」とはしゃいでいる人がいたということです。いや、今でもいるな。
そのカッコよさ?だけに目を奪われて「気分はもうヒトラー」とか「オレが連合艦隊司令長官」だとかね…。
果てはゲームを作る側のデザイナーまでその熱に浮かされてしまって、どう考えてもありえない結果になるゲームを創り出してしまう人もいた。わかりやすく言えば「太平洋戦争で日本を勝たせる」ようなゲームを作ってしまうんですよ。そしてそうして作られたゲームが人気を博して売れてしまう…非常に危険だな、と当時も思いましたね。

はっきり言いますけど、太平洋戦争って天地がひっくり返っても日本が勝つということはありえないですよ。
なぜなら当時アメリカと日本の国力差というのは20:1だったんですからね。
それがわかっていながら戦争に突入した当時の軍部、開戦後のちょっとした勝利に浮かれて戦争のやめ時を逃してしまった…そして悲惨な結果に。

私が持っている太平洋戦争もののゲームにこういうのがあります。
これは日本人がデザインしたものですが、

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このゲームでは日米双方の生産力の差というものが忠実に描かれています。
1941年12月の時点では日米の戦力差はほとんどないのですが、その後増援として現れる部隊が日米ではケタ違い。1945年までの間にわずか数隻の空母しか建造できなかった(しかも末期は空母ができても載せる飛行機がないなんてことになってる)日本に対しアメリカは40隻近い空母が建造されています。
いかに初期に日本軍が善戦しようとも後半になると圧倒的な生産力を持ったアメリカがどんどん空母を量産してきて、片や日本は戦力は消耗する一方で補充もままならず、しまいには艦隊を動かすための油(NSLポイント)もなくなって「何もできない」形になってしまい、最後には「なぶり殺し」状態に。

↓1945年春の状態。
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沖縄には米軍の大部隊が上陸し、そのまわりを20隻以上の空母からなる機動部隊が取り囲んでいる。日本国内に残ったわずかな艦隊も燃料不足で動けず、B-29がその燃料を爆撃で減らしていく…。

このゲームのデザイナーははっきり言っています。「太平洋戦争で日本の勝利はありえない」と。
「このゲームには日本側の勝利条件はない!」とまで言ってますからね。
そもそも勝敗を競う「ゲーム」の題材になりにくいものをあえてゲーム化したのは、いかに日本は無謀な戦争をしたかということを肌身で感じてもらいたいということだったようです。
確かに個々の海戦などについていえば、うまくやれば「ミッドウェイで勝てた」とか「米豪遮断ができた」とかはあるでしょうが、国力の差がこれだけはっきりしていたら最終的には負けるに決まっているはずなんです。

世の中には「開戦当初、日本は連戦連勝だった。日本は強かった」って声高に言い張る人がいるけど、そういう人には冷や水をぶっかけてあげましょう。あれは決して日本軍が強かったんじゃなくて相手の備えのない場所へ一時的に大兵力で攻めてった結果に過ぎません。アメリカの準備が整うまでに半年かかっただけの話。その後は一方的に押し戻されている。
太平洋は広いために作戦の準備期間が長くなるのでなんとなく長い期間日本が頑張ったように見えますが、よく見れば「これ以上はない」というほどのボロ負けを喫しているんですよ、日本は。すべては20:1という国力の差です。当たり前の話。

なにせ日本は、南方で資源を確保してもそれを運ぶ船が絶対的に不足しているから満足に内地に資源を運べない。
多くの人は軍艦さえたくさんあれば勝てると思ってるみたいですが、日本のような島国が戦時経済を維持するためには民間船がたくさんなきゃダメなんですよ。それがただでさえ日中戦争で多数の民間船を徴用してるところへアメリカにケンカ売って太平洋というだだっ広い戦場に出て行ったものだから、軍需物資や兵員の輸送でさらに多くの民間船が必要になる。その不足気味の民間船がアメリカの潜水艦に沈められてますます不足する。結果、日本には戦略物資が入って来なくなってしまいには戦艦(航空戦艦伊勢・日向)を使って物資輸送をするという情けない状態になります。
これじゃ勝てるわけがない…冷静に考えれば中学生にもわかるリクツ。
そういったことが全てしっかりシミュレートされているんですよね、このゲーム。
だから「歴史を変えて日本を勝たせたい」と思ってるオメデタイ人には人気がないです。(^^;

それでも当時の軍(特に陸軍)主導部はそれに目をつむって「必勝の信念さえあれば」とか世迷言を言ってた。腹の中じゃ現実をわかっていたと思いますよ。彼らも一応頭はいいんだから。
でも「日本は負ける」と言ってしまうと自分の立場が危うくなるから誰も口に出さない。なんだか今の政治家にも似てるところがあるような…。国の安全よりも自己保身が先に立つ。
もしこの文章が当時の彼らの目に入ったら、私は特高警察に引っ張られて拷問受けたでしょうね。
いや、ひょっとすると今でも「非国民!」とか言って脅迫メール寄越す人が右の方から出てくるかもしれない。(^^;

このゲームを最後までやっていると「なんでここまでひどくなる前に戦争やめなかったんだ」と腹が立ってきますよ。こうなるのはわかっていただろうに…と。同じ降伏するならなぜ1年前にしなかったんだ、と。そうすれば少なくとも軍民合わせて300万もの人間が死ぬことはなかっただろうに。
両親から聞いた戦時中の体験話と思い合わせても「こんな戦争早くやめるべきだった」とつくづく感じますよ。
学校の歴史の授業では「太平洋戦争で日本は負けた」ということは教えますけど、「あの戦争は万にひとつも勝つ見込みのなかった戦争だった」ということは教えません。教えたくないんでしょうね…たぶん。
そこを教えないから「あの戦争はうまくやれば勝てたかもしれない」なんて思いこむ人が出てきてしまうわけで。

開戦前、山本五十六はこう言ったとか。
「そりゃぜひやれと言われれば1年や1年半は存分に暴れて見せる。でも2年3年となったら全く保証できん」と。
つまり「長引いたら大負けするよ」と遠回しに言ってるんですが、結局その言葉通りになっちゃった。3年8ヶ月も戦争続けて日本は焼け野原になって…その山本五十六も途中で戦死しちゃったからね。

あの太平洋戦争に「勝てる!」という根拠のない妄想がまかり通ってしまったのは(いや今でもそう思ってるヒトがいる)、日清・日露の二つの戦争に日本が「勝って」しまったからなんですよね。
でもあの二つの戦争は「勝った」わけじゃない。厳密に言えば「相手が負けてくれた」んですよ。

日清戦争の時の清国は国内が腐敗していて、やる気のない軍人が多かった。それに加えて支配してたのが漢民族にとっては異民族の満州族だったから忠誠心もイマイチ。それじゃ勝てるわけない。
日露戦争、これはマトモにやったら絶対勝ち目のない戦争でした。海戦はともかく陸戦に関しては。
それでもなんとか辛勝できたのは日本が強かったからじゃなくてロシア国内が革命騒ぎでボロボロになりつつあって思うように戦力を極東に回せなかったから。

ただ、当時の政治家や軍人たちが昭和の軍人と違って偉かったのは、その点をしっかり認識していたんですよね。
伊藤博文も桂太郎も、総参謀長の児玉源太郎でさえも皆「この戦争はよくて引き分け。なんとか引き分けに持ち込んで同情国にすがって講和をする」という戦略を立てていました。初めから勝とうというつもりはなかったんですよ。
ただ、当時の情勢から見てこのままおとなしく何もしなければいずれロシアが南下してきて日本は属国化されるという切羽詰まった状況だったから戦わざるを得なかった。やる以上は「負けない」ようにしなきゃならない。でも「勝とう」というつもりは最初からなかった。開戦した時から「どう終わらせるか」ということを真剣に考えていたんです。

それは、彼らが明治維新の動乱というものを経験していてこの日本という国の基盤がいかにもろいものかということを体験的に知っていたからでしょう。「この戦争が2年も3年も続けば日本は経済的に瓦解する」ということを全員が知っていたし。それが根本にあって戦略が練られた。
そのために外交能力をフル回転させて、秘密諜報員(明石大佐)を欧州に送り込んでロシアの革命分子を援助、ロシアを国内からゆさぶるということまでやった。
この当時ほど外交能力に富んだ日本政府というのは、それ以前にもそれ以降にもなかったでしょう。今も然り。いや今の日本外交ってこの時に比べると情けないほどオソマツですよね…。
そうしてやっとこさで引き分けに持ち込んだのが日露戦争。

結局「日本が勝った」というよりも「ロシアが自滅した」んですよ。
ただ、その最後に日本海海戦というのが起こって、それで日本海軍が前代未聞の完全勝利を収めてしまったものだから戦争全体が「大勝利」だったように国民が錯覚してしまったわけ。
まあ、一般国民がそう思ってしまうのはある程度やむを得ないにしても後世の政治家や軍人までがそう信じてしまったところに昭和の日本の悲劇があったわけです。
いわば大企業の二世社長と同じ。
創業者がさんざん苦労して会社を築き上げたあと、何の苦労も知らないお坊ちゃま二世社長がメチャクチャな経営をやって会社をつぶしてしまう…昭和初期の日本ってまさにそれだったんですよね。

日本という国は自分の国を守るという点では有利な地勢にあります。四方が海。「海は百個師団の防御力に匹敵する」と言われる通り、現代であっても他国がこの国に攻め込むということは相当困難です。
しかし自分から外に攻めていくとなると条件は逆転します。
同じ島国のイギリスが世界に覇を唱えることができたのは数世紀という長い歴史の間に広大な植民地と強大な商船団と艦隊を備えることができていたから。開国後わずか70年そこそこでまともな商船団も持っていなかった日本がその真似をしようとすること自体無茶なことだったんです。
日本の軍隊というのはあくまで「守勢の軍隊」。
地政学的にそれしか持ちえない。それは過去も現在も未来も同じ。
このことをわかっていない人がけっこう多い。

さっきのウォーゲームの「戦闘結果表」をここに再掲します。
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頭に「A」がつくのは攻撃側に不利な結果、「D」がつくのは防御側に不利な結果ですが、戦力比3-1以上になってようやく攻撃側に有利なサイコロの目が半分になりますね。(もっともこの「独ソ戦」の戦闘結果表はちょっと攻撃側に甘いです)
軍事学的には「攻者三倍の法則」と言って「攻撃する側は防御側の最低でも三倍の戦力がないと勝てない」と言われています。敵の三倍の戦力を集中するということは…ザックリいえば「敵の三倍のお金がかかる」ということです。戦争というものは結局は経済の延長なんですよ。攻撃はお金がかかるんです。防御に徹すればかかるお金ははるかに少なくて済む。
ドンパチだけが戦争だと思ってるオメデタイ人々…けっこう今の政治家にもいますよ。

かなり話が横道にそれてしまいましたが、シミュレーションゲームというのはあくまで「歴史の追体験」の場でしかありません。過ぎてしまった歴史を変えようなんていう妄想をするためのものではありません。
それが証拠にどのゲームでも、そのゲームの結末がどうであれ歴史の大きな流れを変えるほどの影響を及ぼす結果にはなりません。それが「ヒストリカル・ゲーム」と呼ばれるものです。

せいぜい「この作戦をもうちょっとマシにやることができなかったか?」という程度なんです。
たとえミッドウェイ海戦で勝とうが最終的には日本は完膚なきまでに叩かれて大敗北するし、「バルジ大作戦」でドイツ軍がアントワープを占領しようが最終的にはドイツはベルリンを占領されて崩壊する。大きな歴史の流れは変わりません。
(↓「The Battle of the Bulge」(邦題「バルジ大作戦」)」より
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ただ、それから派生してしまった「ファンタジー・ゲーム」というのが問題で。
これらの中に「太平洋戦争で日本が勝ってアメリカ本土に上陸する」などというものがあるんですよ。経済的根拠や軍事的根拠などまったくない、いやあっても相当無理をした「こじつけ」。
で、そういうものに人気が出てしまって中には「本当はあの戦争に日本は勝てたんじゃないか」なんて錯覚する人が出てきてしまう。怖いことです…。

「シミュレーションゲームを趣味としてやっていた」なんて人に言うと「オタッキーだねぇ」なんて言われるのはいい方で「アブナイ人なんじゃないの?」と言われたり「軍国主義者?」なんてあらぬ誤解を受けることがよくありましたよ。日本人ってそういう「レッテル貼り」好きですよねぇ…。
でも「歴史や戦争を知ること」と「戦争を賛美すること」は別物ですからね。
もともとは頭を使う「高度なゲーム」に過ぎず「歴史を追体験し、その歴史の必然性を再確認する」ものなのにね。少なくとも私にとってはそうです。ヒストリカル・ゲーマーですから。私は。
あくまで平和主義者ですよ。

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猫好きな人はみんな平和主義者だよ、咲。

ついでながらこのゲーム、競技人口はさすがに少ないので対戦相手を見つけるのが大変でした。学生時代はけっこう相手をしてくれる人も多かったですが、社会人になってお互い忙しくなるとなかなかその機会もなくて。
それでもけっこう長くやってましたね。暇を見つけては。
どうやっていたのかというと「ソロ・プレイ」。

つまり、一人でやる。(^^;
自分一人で両軍を代わる代わる受け持つんですよ。考えてみると「歴史の追体験」という点ではそれが一番正しいやり方かもしれません。これってけっこう手ごわいですよ。なにせ相手が自分自身なんですから立てている作戦はすべて相手に筒抜けになるわけですから。自分自身って最強の敵です。(^^;
考えてみれば将棋でもそうですよね。実際に対局する前に自分一人で先手後手両方を受け持って棋譜を並べる。

結婚した時、さすがに嫁さんから「そんなモノ捨てたら?」と言われましたが「高かったんだぞ~」とかなんとか言いながらそのままに。やがて書斎の奥にしまったまま、あまり陽の目を見なくなりましたね。
それでも時々引っ張り出していましたが、50を過ぎてからはほとんど書斎の奥に眠りっぱなしでした。

先日久しぶりにそれぞれ箱を開けて見たらなんだか無性に駒を並べたくなって、土曜日、お袋がデイサービスに行っている間の時間を使って「独ソ戦」の1941年だけプレイしてみました。
やっぱり頭使うわ~、コレは。

これから先、徐々に時間の余裕はできてくるでしょう。
でも何も脳ミソ刺激するものがないとちょっとボケがくるかもしれない。
そういう意味ではここに並んでいるゲームたちは時としてそれを防ぐ役割をしてくれるかもしれませんね。歴史の一ページに想いを馳せながら。
コロナでお外に出られないのが長く続くなら、ちょっと長いシナリオもやってみようかな、と。

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