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MIKANのうたた寝BLOG
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絵日記で書き忘れたこととか、
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路面電車復権への「抵抗勢力」

2012/05/19 20:20
「路面電車の復権」が叫ばれて久しいが、日本ではどういうわけか掛け声はあってもその動きは鈍い。
欧州はいったん動くと早かったのだが…。



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「仕方ないよ、クルマ社会だから」という人が多い。
しかし、「クルマ社会」という言葉は呪文に過ぎないのではないだろうか?
実際、今自家用車を運転している人の中で「クルマがないと生活できない」という人はどのくらいいるのか。
もちろん、山間地や北海道のような他に交通手段が存在しない場所ではクルマがないと生きていけない。これはわかる。だが、都市部、それも鉄道もバスも発達している地域にいても「移動はすべてクルマ」という人が多い。それが仕事の上で必要というならわかる。だが多くの場合、「必然」ではなく「このほうがラクだから」という理由でなんとなくダラダラ乗っている人が多い。わが埼玉県はそのテの人間が日本一多い県だろう。

確かにクルマのほうが重い荷物は運べるし、買い物帰りなどは便利だ。しかし、二十年前は皆自転車で買い物に行っていたスーパーに、歩いて20分もかからぬ場所からクルマで来る奥様方の集団を見るに至ってはもう何をかいわんやである。「あんたら、正気かいな?」

ある奥様いわく「足腰衰えてきたからねぇ」…あのね、足腰衰えた人がクルマ運転するのって危なくないかね?ひとつ間違えれば走る凶器だぞ!そもそも足腰衰えたのはクルマに頼りすぎて歩くということをしなくなったからじゃないの?言ってることが本末転倒だろ。

もっと理解できないのは、GWや正月、盆休みに渋滞するのわかっててクルマで長距離走って行こうとする人たち。そりゃ、かかる経費を乗る人数で割れば経済的なのはわかる。でもお金に代えられないものがあるんじゃないか?運転するお父さんの疲労もバカにならない。多少お金がかかっても、新幹線の指定席とって家族四人楽しく旅行したほうがいいだろうに。楽しかるべき旅が疲労とイライラを招くだけで終わるようなら、私だったらどこにも行かない。

たぶん、クルマに乗りつけてしまって「どこに行くにもクルマでないとダメ」ということになってしまった人というのは、ある意味中毒にかかっているのではないかと思う。クルマはあくまで「道具」にすぎないのだが、ミイラとりがミイラになってしまったのと同じように「クルマに使われている」のではないかと。これは、私の友人の山岳写真家が言っていた言葉の受け売りだが…。

最近の若い人たちには「クルマ離れ」が起きているという。一概にいいことだとは言えないが、ひょっとすると今の「クルマ社会」に「モダンタイムス」のような「機械に使われる人間」のようなイメージをもったのかもしれない。現に私の部下の一人がそう言っている…。

クルマはあくまで道具のひとつに過ぎない。
もしあなたが、仕事上必要でもないのに「どこに出かけるにもクルマでないとダメ」になっているとしたら、それは脳味噌が硬直化しているのかもしれない。一説には「運転中毒」という言葉があって、密閉された空間で過ごすことが多くなると人交わりの適性を欠くことにもなりかねないそうだ。
クルマを「道具」と割り切れない人が減らない限り、日本での路面電車の復権は進まないだろうな、と思う。
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「妖星ゴラス」

2012/05/13 11:15
GW明けの最初の週末。
ここのところ関東を荒らした突風(竜巻まで起きたからね〜)も昨日今日は影をひそめて好天の外出日和…なんだけど、家にいる。ちょっとGW遊びすぎたし、サイトの引っ越し期限があと一週間なのでやらなきゃならないことがいっぱい。もっと早くやっておけばよかったのにね。8月25日過ぎになってあわてて夏休みの宿題始める小学生と同じですな。(^^;;;

で…先週ちょっと映画がらみの話書いたので、今日も映画の話を。
地上波テレ朝系列で今夜「アルマゲドン」が放送される。もう何度も放映されてるけど…。最近の地上波映画番組は同じ作品を繰り返し放送する傾向があるね。「あれ?これついこの間見たよな〜」てな感じ。日テレなんかしょっちゅうジブリ作品ばっかりやってるし。バラエティに乏しいよな〜。日本映画黄金期の昭和30〜40年代の作品なんかちっともやらないクセに。そっちは金払ってCSで見ろってか?
お年寄りは地上波しか見ない人が多いということをわかってるんかね?

で、書きたいのは「アルマゲドン」の話じゃなくて、その日本映画絶頂期に作られた東宝特撮の名作?の話。
東宝特撮、というとほとんどの人が「ゴジラ」を連想すると思うけど、かつては怪獣がほとんど登場しない(出てきても脇役)純粋SFもけっこうあって、東宝「通」はむしろそちらを好むんだよね。「地球防衛軍」に始まって「宇宙大戦争」「海底軍艦」…そして比較的近いところでは「日本沈没」(1973年版のほう。残念ながら2006年版のリメイクは駄作だったと思う)。

その中でも異彩を放つのが「妖星ゴラス」である。
簡単に言ってしまうと宇宙のはてから黒色矮星が接近してきて地球に衝突の危機が訪れる、という話。
話自体はよくありがちな、というか、今まで何度も映画化されたテーマである。アメリカで作られてきたこの手のテーマの映画は枚挙に暇がない。「アルマゲドン」「ディープ・インパクト」「メテオ」「地球最後の日」…。
ところがこれらの映画と「妖星ゴラス」とははっきりと性質が違う。日本人とアメリカ人との発想の違いというべきか…。
まず、どうでもいいことかもしれないけど、アメリカ映画では地球に接近してくるのがたいてい「彗星」とか「小惑星」とか「隕石」なんだけど、この作品の中に出てくる「ゴラス」は違う。「終末期の恒星」ともいうべき「黒色矮星」なのだ。直径は地球よりも小さいくせに質量は地球の6000倍!あと2年で地球に衝突することが判明。
「20万kmに接近すれば、衝突は免れても水も空気もゴラスに吸い取られてしまう」のだそうな。
おおお!なんと恐ろしい!アメリカ人が考えてるようなチャチなスケールの話じゃないぞ。(^^;;;
これがアメリカ人だったら、接近してくる天体そのものを破壊するという手段がテーマになるんだけど、何せ質量が地球の6000倍。こんなモノ、米ロ英仏中の核ミサイル総動員したって破壊なんかできるワケがない。
…というワケでこの話では破壊案が物語中盤で「不可能!」と断定されてしまう。
このあたりの発想が日本人らしいんだよなぁ〜。

日本人らしいといえば…このテーマのアメリカ映画の結末がすべて、少人数の犠牲で天体を破壊して被害を極限するか、あるいは限られた人間のみが地球を脱出するか、またはなすすべもなく人類絶滅するか…なんだけど、この「妖星ゴラス」は違う。「地球人類全部が助かる」道を選択するんだよね。こういう発想、多かれ少なかれ民族間討伐ばかりを繰り返してきた大陸民族=欧米人にはできないと思う。島国で3000年以上平和に生きてきた日本人ならではだよなぁ、と思う。

じゃあ、破壊もできない黒色矮星が近づいてくるのに、どうやって「人類全体を救う」のか?
そこで考え出された手段が奇想天外というかなんというか…。
「地球自体を南北を軸とした巨大なロケットにして飛ばし、公転軌道から逃げ出す」というもの。
つまり、南極に大ロケット基地を建造してその推進力で地球を動かすというのである。そんなコトをしたら南極の気温が異常上昇して地球の気候が…と心配したくなるけれど「ゴラスとぶつかって地球が粉々になるよりはまだマシだろ!」と言われると妙に納得してしまう。
まさに「宇宙船地球号」を地でいった発想である。(^^;;;

でも、そんなコトができるんかいな?
劇中のセリフでは、
「ゴラスが太陽系に進入すれば45日目に地球に到達します。それまでに地球は少なくとも40万キロ以上の大移動を完了させていなければなりません。これに要する推力は660億メガトン。加速度は1.10×10のマイナス6乗G、ということになります」
と言ってる。
まあこのテの映画、こういいう数値はテキトーに並べておいても文句をつける人はあまりいないと思うんだが、驚くべきことにこの計算、正確なんだそうで。ちゃんと科学者に計算してもらった数値なんだそうな。つまりこれだけの推力と加速度が実際に出せれば本当に地球は動くんだそうな。

で、世界各国が資材を提供し南極に大ロケット基地が建設される。
この南極基地建設のテーマというのがまたいいんだな〜♪伊福部音楽の中でも名曲だと思う。
余談だけど、SLの検査整備シーンのBGMにするとやけに合う。(^^;;;

そして、数千基の巨大ジェットパイプに点火され、轟々たる炎を吐きながら地球は動き出す。
これによって生じた温暖化のせいで復活した古代巨大生物(やっぱり東宝が作る以上「怪獣」を出さないとカッコがつかないと思ったらしい。でも今回はあっさりやられちゃう)のおかげで施設の一部が破壊されて計画にタイムロスが生じ、ゴラス最接近時には地球全体の水が南極と北極に向かって引き寄せられ、地球各地に大津波が襲うが、最終的に地球はなんとか逃げ切り、メデタシメデタシ。
でもラストシーンにオチのようなセリフが。
「早く地球を元の軌道に戻さないと」
「でも推力機関は南極よりも北極のほうが設置がやっかいなんだせ。足元海だからな」
笑いながら言うことか〜!(^^;;;

この映画、単にSFとしてみればなんのコトないかもしれないが、その底には深いテーマ性が流れている。
それは初期の東宝特撮作品すべてに共通するものなのだか…。
「妖星ゴラス」の前年に「世界大戦争」という映画が作られている。こちらのほうはその表題のごとく核戦争で人類が滅亡する(核攻撃を受けて東京が溶岩の海に沈むショッキングなシーンがラスト)のだが、実はこの二つの作品は対をなしている。裏と表の関係なのだ。
つまり…高度に発達した科学をどう使うか。その使い方によって人類は栄えもするし滅びもする。
科学という火を弄び自らを破滅においやってしまうのが「世界大戦争」であり、全世界が一致団結して英知を結集し地球を救うのが「妖星ゴラス」。
だから「妖星ゴラス」の結末は、一部の人間だけが英雄になったりせずに全人類が生き残るのである。
初期の東宝特撮の底にはすべてこうした思いが流れている。

「地球防衛軍」の中のラスト近いシーンのセリフ…「高度な科学もその使用を誤ると悲惨だ!地球はミステリアンの悲劇を繰り返すな!」
「海底軍艦」の中盤のセリフ…「あなたは戦争という錆びついた鎧を着た亡霊です!」
さかのぼれば「ゴジラ」ももともとは原水爆に対する痛烈な批判として作られた作品だ。
近年のSF映画には和洋ともにこうしたテーマ性は薄れてしまい、エンターテイメント性のみに走っているようで薄っぺらに見えてしまう。「アルマゲドン」はその代表だろう。
初期東宝特撮が訴えてきた「科学は人類のために」という思い、昨年の福島第一原発の事故を考え合わせると改めて深いものだったと実感するのである。

初期の東宝特撮は子供のための怪獣映画ではなかった。大人のための「考えさせられる」映画だったのだ。
ちなみに「妖星ゴラス」のゴラス最接近の大津波のシーンで、東海道線?を疾走するEF57牽引の列車が波にのまれるシーンがある。あれはどう見てもEF57に見えるのだが…。(^^;;;



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私が鉄心ついたころには、東北線に追いやられてローカル列車や急行牽引にいそしんでいたEF57もこのころは第一線の花形電機だったんだなぁ、と。
でもちょっと待て。ゴラス最接近で海岸沿いには避難命令が出てるはずなのに、なんで海沿いを列車が走ってるんだ?(^^;;;
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大いなる驀進

2012/05/07 20:53
GWが終わって、今日からまた普段通りの生活へ。
社会復帰がつらかった人も多いんじゃないかな。
実は私もそう。

GW中はいろんな話題があったけど、衝撃的だったのはやはり高速バスの事故だろうか。
いろいろ実態が明らかになるにつれ、起こるべくして起こったような気がしないでもない。
それと同時に、運輸業もここまで地に落ちたか…と。

運輸業というのは、特に旅客運輸というのは「大勢の人間の生命を預かる」業界である。
ある意味、医療と同じくらい「重い」仕事のはずである。
しかし、医療業界に「算術医」がはびこっているのと同じように、交通運輸業界も利益追求優先で乗客の安全は二の次にしているところが多い。
さすがに航空と鉄道は設備その他に国交省の目が行き届きやすいのでまだマシだが、自動車運輸業界はハッキリ言って野放し状態。あまりにブラックボックスが多い。
ただ、そういったことを抜きに考えても、気になるのはその職業についている人間の職業意識の問題だ。

昭和30年代の東映映画に「大いなる驀進」という作品がある。
名作「大いなる旅路」のヤング版といったところだが、特急「さくら」で東京から長崎に向かう中村賀津男演じる列車ボーイ(当時の呼称では「給仕」)が、うだつの上がらない仕事に嫌気がさして国鉄を退職しようと考える。しかし、列車内まで追いかけてきた恋人に諭され、さらには乗った「さくら」が土砂崩れで立ち往生し、その復旧作業に駆けずり回るうちに自らの使命感に目覚めて国鉄で生きることを改めて誓う・・・という内容。
岡山からの牽引機にはC62が登場し、食堂車のウエイトレスや乗客まで加わっての皆の必死の努力の末、わずか35分の遅れで復旧させて(スゴイ…)、C62の汽笛が鳴る。保線員が回す合図灯の向こうからC62がゆっくりとトンネルに向かう。「ありがとう〜〜!!」「気をつけて〜!」
このシーンは何度見ても目が熱くなる。
ラストシーン、ひそかに主人公に恋していたウエイトレス(中原ひとみ)が食堂車の陰で涙するのがかわいそう…私だったら佐久間良子よりも中原ひとみのほうを選ぶけどな〜。(^^;

この映画、一説には国鉄の「リクルート映画」として作成されたという噂もあるが、確かに見ていて「国鉄マンってカッコイイ」と思ってしまう。カッコイイというのは見た目が、ではなくて皆使命感に燃えて仕事をしているというのがよくわかるからだ。実際、昔の国鉄はそうだったんだと思う。
作品の中で三国連太郎演じる専務車掌がこう言う。
「…無駄なことなんかあるものか。君は5年の間、何千何百という尊い乗客の命を預かってきたんだ。わずか7〜8人の人間の力でこの列車が安全に運転されているなんて誰も知りゃしないんだ…」
これが本来、鉄道のみならず旅客運輸業に携わる人間の本来もつべき意識だと思うんだが…。

最近はそうした意識が希薄になっているのだろうか。
尼崎の事故の例を引くまでもなく、仕事が単に「給料をもらうための手段」でしかなくなっているのかもしれない。サラリーマン的な教師が増え、運転手は居眠り運転をし、工員は不良品を量産し、国会議員は選挙の票集めにしか興味がない。
若い人が仕事を選ぶ基準も「こういう仕事がしたい!」ではなく「このくらいの給料と休みがほしい」になっているそうな。それが悪いとは言わないが、それだけで果たして長続きするのかな…。

自分のやる仕事に少しも「使命感」を感じなくなったならば、そういう人はさっさと失業して野たれ死んでもらったほうがいい。そのほうが社会のためである。そういう人が仕事をしても「害」以外何も生み出さないから。
私もふざけているようでも自分のしている仕事には誇りは持っている。
仕事をする上で大切なのは何か。もちろん給料も大事だ。しかし、それと同じくらい大事なことは、自分の仕事がどれだけ社会に貢献できているか、自分がミスをすればどういう迷惑が社会にかかるか、それを常に頭の片隅に置いておくことではないだろうか。
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仔猫

2012/04/30 10:18
GWに入って三日目。
今日明日は自宅でHPの引っ越し準備にいそしまなければならない。
なぜか5/2だけ仕事…ド真中に仕事があるなんてイヤガラセとしか思えないのだが。
サボってもいいんだけど、後がなぁ〜〜。

笹間渡の行きつけのお店、「うりや」の仔猫のうち、雌の一匹がお腹が大きくなったというので、あわてて獣医に連れてって手術したそうな。これにはちょいと驚いた。
この子ね。↓つい半月ちょっと前の姿だけど、この時にはもうご懐妊???



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確か生まれたのが去年の秋ももう深まった頃だったから、まだ生後半年ちょい。
猫って、生後一年で大人、人間でいえば20歳ということだから、それから換算すると…
え〜〜〜…まだ小学校高学年か中学生くらい。
どんなヤツだ〜!相手の雄猫は。ロ●コンか、オノレは!
これが人間界だったら大騒ぎになるところで。(^^;
たしかに「美少女」だけどね、この猫。

最近は猫の不妊手術というのはかなり一般的になってきたので、
道端のダンボールに猫が捨てられている、という光景は幸いに見ることは少なくなった。
私が子供のころはよくあったなぁ、捨て猫。
小学校2年の時だったかな、荒川土手でね…ダンボール箱に生まれて間もない仔猫がニャーニャー鳴きながら…。
私は猫大好きだったから、箱ごと家に連れて帰ったんだ。その時、家にも猫が一匹いたから当然飼ってくれるものだと思って。
でも、ダメだって…。「猫は一匹でいい!」って親父が怒鳴ってね。お袋は「自分の子でもない仔猫を同じ家に入れるといじめるかもしれないよ」と言ってやはり首を縦に振らない。
当時親父は工場勤め、お袋は毎日内職という貧しく忙しい家だったから今考えれば無理もないけど。
結局、元の荒川土手にダンボール箱ごと再度戻しにいけと言われて。
子供心にもそれがイヤでイヤで…玄関で猫の入った箱持ってどうすることもできなくて泣いてた。
もう夕方でね。このまま猫連れて暗い土手に行く自分がすごく残酷な存在に思えて。

救いだったのは、この時隣の家のおばちゃんが「里親探してあげるから、ウチの玄関に置いておきな」と言ってくれたこと。当時の下町はこんな空気が残ってた。結局4匹とも里親が見つかってすぐ近くに引き取られた。
そのうちの二匹は私の顔を覚えていて、よく愛想ふりまいてくれたっけ。

猫でも犬でも同じだけど…飼う人にお願い。
一度飼ったら、最期を看取るまで飼い続けてほしい。
自分の勝手な都合で捨てたり、保健所に持っていったりすることだけはどうかしないで。
猫も犬も小鳥も、「アクセサリー」ではなく生き物なんだから。
私は「ペット」という言葉も大嫌いである。そう思っている人は生き物飼わないでほしい。
自分の「家族」として扱う人だけが動物と一緒に暮らす資格がある。そう断言しておく。
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日の丸

2012/04/22 12:52
昨日は秩父鉄道のC58363が営業運転を開始。
運転初日は恒例によりヘッドマークと日の丸がついた。
昨年は東日本大震災の影響で自粛ムードの中、初日の日の丸掲出はなかったのでC58の前頭部を日の丸が飾るのは二年ぶりだった。


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やはり日の丸はいい。
もちろん自分の国の国旗であるという誇りとひいき目はあるが、旗のデザインとしてもこれほどシンプルでかつ秀逸なものは他にないのではなかろうか?
ほとんどの日本人が同じ思いを抱いていると思う。

もちろん、「戦争」という不幸な歴史の中でこの旗に悪感情を抱いてしまった他の国の人たちの気持ちというものが存在することは理解している。ただ、だからと言って日本人自らが自分の国を象徴する国旗に引け目を感じる必要はあるまい。「象徴」には何の罪もないのだから…。
「戦時中の日本軍のシンボルだったから日の丸は悪」などというワケのわからない論理を振り回している人がいるが、その論法で行くと、一度罪を犯した人間は更生させてはならない、ということになる。まして何度も言うようだが「象徴」でしかない国旗自体には何の罪もない。
さらにその論法で行くと、「煤煙を撒き散らして日本に公害をまき散らしたSLは悪である!走らせてはならない!」ということになるんだろうなぁ〜。左翼政権が誕生したらSLは全廃されるんだろうか。(^^;
え?私? 
私はウヨクですよ。「右か左か」と問われれば間違いなくかなりの「右」です。親の代から。いや曾祖父の代から。
でもだからと言って相手の言論を封殺しようとは思いませんが。

今でもオリンピックやワールドカップで日本チームが出場すれば、皆日の丸を振り回すし、センターポールに日の丸が揚がれば、誰しもが喜びにむせぶはず。これには年齢差などない。
それは国民のほとんどすべてがこの旗を愛しているからじゃないか。
自分の国を愛してるからじゃないか。そしてそれは誰に強制されたわけでもないごくごく自然な感情である。
「日の丸を国旗として認めない」などと世迷言言ってる人も確かにいるが、それは日本国民のうち1%にも満たないはずだ。どんな国にも微々たる少数意見があるように…。

そんなヤヤコシイ理屈を抜きにしても、やはりこの旗は素晴らしい。
これほど温かみを感じさせる「記号」は他にないだろう。

♪白地に赤く日の丸染めて ああうつくしや日本の旗は♪

SLを撮影する人の中には「ヘッドマークや装飾は嫌い」という人がかなりいる。
中には昨年のD51498の後藤デフを「ゲテモノ飾り」と呼んで「アレが標準デフに戻るまでD51は撮らない!」と言っていた人もいた。
しかし…そうした人でも「日の丸」だけは別格なようだ。いや、むしろ喜んで撮りに行く人のほうが多い。
それはやはり誰しもがこの旗が好きだから、に相違ない。
こんなシンプルでありながら、人の心に温かみを与えるデザインはない。
事実、他の国から「日の丸のデザインを譲ってほしい」という申し出が維新後の一時期、複数の国からあったという。もちろん譲るわけがないのだが。

白地に赤い日の丸が機関車の前になびく日、汽車を撮り終えての感想戦はきまってこんなセリフが出る。
「あ〜、旗が巻いちゃったよ〜」
「ヨシヨシ、きれいに靡いてくれた!」
この時ばかりは皆、煙よりも日の丸が気になるのだ。
少なくともSLファンの99.99%には日の丸は愛されている。(^^;
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春 山線 C62

2012/04/19 21:21
もうすぐGWがやってくる。
ここGWは必ずと言っていいほど大井川に新茶とSLの撮影に出ている。
東海道ブルトレが廃止されるまでは「大井川→山口」というハシゴもやっていたのだが、最近はさすがにそれは難しくなった。
しかし私は1988〜1995年の間の大井川の新茶+SLの写真は非常に少ない。
少なくとも茶摘み盛りの写真はないと言っていい。
なぜか…「1988〜1995」という数字を見てピンとくる人が多いと思う。
そう、この8年間はC623が函館山線を走っていたのだ。

毎年GWはほとんど山線に張り付き。ひたすらC623を追いかけた。
当時、今とは違って飛行機の格安運賃などない時代。羽田〜千歳の往復運賃で45,000円くらいだったかな。
「北斗星」使って行くほうが安く上がったものだ。それでも年平均4回の渡道、一回行けば一泊こっきりで帰ってくるということはまずないから年間の旅費はかなりなものだった。
当時、全国各地でD51の出張運転が盛んだったけど、私はC62一本に集中した形だった。大井川と秩父とC62、それにお正月の山口というのが私の年間行事だった。


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今考えても一途だったなぁ。
大井川と違って何往復も撮れるわけじゃないし、往復とも一点集中。
まれに車に乗せてもらって9163を追いかけることはあったけど。
今考えると費用対効果という点ではかなり高くついた撮影だった。
しかも「C62は雨を連れてくる」という言葉があったように、この時期の後志の峠路は天気が崩れることが多かった。当時ISO40のベルビア、ISO64のKRが主力だった私は何度泣いたことか。
悪天候用の「サブ」として持って行ったKLが結局はメインのフィルムに。粒子粗いんだよね…。
それでも…あれだけ一つの被写体に夢中になれたことは、それ以前にも、そしてそれ以後現在に至るまでない。
何がそれだけ私を夢中にさせたのか。


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それは…
後志の山なみ、猛煙(C57やD51の「爆煙」などC623に比べたら月の前の星である!)吐いて驀進するC623、秀麗な羊蹄山、8年間変わらなかった気の置けない撮影仲間、そして心の宿「たけだ旅館」。
これら全てがそろっていたからだと今更ながら思う。このうちどれが欠けても長続きしなかっただろう。
今、秋にC11が山線を駆けている。
「行きたい」とは思うのだがC623の時のように「何を差し置いても」というほどの熱は入らない…。
やはり山線はC62でなければ…。


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C623が眠りについてから17年になろうとしている。
あの咆哮が再び聞けることがあるのだろうか…17年前は「必ず再復活する」と信じていたのだが。
羊蹄山にかかる雲に一喜一憂したあの頃が懐かしい。


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将棋

2012/04/14 15:59
年度が替ってからいろいろと忙しくて?
ブログの更新をすっかりサボってしまった。

で…昨日、どこぞの「北の国」が「ミサイルもどき」を打ち上げて見事に失敗したそうな。
ザマーミロ!と言いたいところだけど、食糧にも事欠いて苦しんでいるだろう庶民のことを思うとねぇ。
後継ぎのオボッチャマ、そんなアブナイ「おもちゃ」で遊んでるお金があるんなら、自分の国の国民くらいちゃんと食べさせてあげなよ。ノータリン親父のマネなんてしないでいいから…。

ま、それはともかく。
最近また将棋に凝りだした。
というのも、職場で対戦相手ができて、これがまた実力が互角。
昼の休み時間、最近は店屋モノ取って私の部屋で「一局」なんてことも多い。

私が将棋を覚えたのはご多分にもれず小学校の時だが、中学のころ「将棋ブーム」というのがあった。時あたかも大山名人が新進気鋭の中原誠に敗れて世代交代が始まったころで、学校では将棋部ができたり、休み時間になると「紙将棋」やってたり…。将棋の戦術本なんかもこのころ読むようになったな〜。マンガ雑誌でも将棋を題材にしたマンガがけっこうあったしね。「駒が舞う」とか「5五の龍」とか…。
当時、はやったのがやはり「振り飛車」。猫も杓子も飛車振ってたような気がする。
でも今考えりゃとんだ「振り飛車オンチ」だったような。将棋は序盤よりもむしろ中盤以降の駆け引きが重要なんだけど誰も彼も序盤の定跡を読むだけで即実戦。だから中盤以降はムチャクチャな展開に。

ところで、将棋というと日本以外にも世界各地にその「親戚」とも言えるゲームがある。
チェス、中国将棋(象棋)、朝鮮将棋…。
しかし、もっとも複雑な展開を見せるのは日本の将棋だという。
なぜかというと、「取った駒を再利用する」(つまり「持ち駒」として使う)のは日本将棋だけにあるルールであり、他の国の「将棋」にはない。
日本の将棋は、敵味方ともに駒のデザイン(文字)は同じである。色も同じ。双方の王様が「王将」と「玉将」に分かれているに過ぎない。
ところが、チェスは敵味方で駒の色が違う。白と黒。
中国将棋に至っては敵味方で色も違うし(赤と黒)、駒に書かれている文字も違う。「帥」と「将」、「兵」と「卒」、「相」と「象」、「仕」と「士」…。
そしてどちらも駒を取ったら、取りっぱなし。つまり「取り捨て」である。
これは何を意味するのか?

将棋というのは言うまでもなく「戦争」をモデルにした遊びである。
ところが、その戦争の性質が長年日本人が経験してきたものと他の民族が経験してきたものとではどうやらある大きな点で違っているようだ。
他の国、そう、アジアにせよヨーロッパにせよ大陸に住む民族では、「戦争」というのは多くは異民族同士の戦いであり、当然ながら衣装も言語も違う。そして近代ならいざしらず、古代から中世にかけての戦争では、勝った側は負けた側の兵士を皆殺しにするということも決してめずらしいことではなかった。時には一般庶民をも殺戮したことも多いはずだ。「敵を捕らえて味方にする」という発想はなかったとは言わないが、極めて希薄だったと考えられる。
だから、チェスや中国将棋は敵味方で駒の色が違い、「持ち駒」というルールも生まれなかったのではあるまいか?

これに対して、島国であり、異民族を交えぬ日本人同士の戦争の場合、言語も服装も同じであり、たとえ戦に勝っても、勝った側が負けた側を皆殺しにする、などということはほとんどない。むしろ、負けた側の将を自分の配下として迎え入れるなどということが日常茶飯事に行われていた。たぶん、そこから「持ち駒」という発想がでてきたのだろう。
そして日本将棋のルールで面白いのは「王将(または玉将)を取ることはできない」という項目があることだ。
これは将棋を知らない人は「え?」と思うかもしれないが、将棋連盟の公式ルールに載っている。
つまり、敵将を殺害するのではなく降伏させることが目的、なのである。
この点がいかにも日本人らしい、という気がする。
時代劇風にいえば自ら刃をふるうことなく「いざ御覚悟を」を自刃を促すわけだ。

こうした日本将棋、世界の将棋の中でもっとも複雑な変化を持つ高度なゲームであると評価されている。
ひところはコンピュータでも日本将棋の変化を極めることは不可能と言われていた頃もあった。
それと同時に、いかにも日本人らしいゲームだと最近あらためて思う。
数千年もの間、島国で閉鎖的な生活をしてきた日本人だが、そうであればこそ育めた「情」という観念がそこにはにじみ出ているような…。

ちなみに私は今、矢倉戦に凝っている。
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春の草

2012/04/03 20:26
台風並みの爆弾低気圧が来てる。
今日は仕事も早々に打ち上げて午後早い時間に帰宅。
あちこちで被害が出ているようでちょっと心配。
大井川もやっと桜が見頃になったというのに…。

さて春というと、桜を真っ先に思い浮かべる。鮮やかな色が心を浮き立たせてくれる。
ただ、もうひとつ春となれば今まで枯れ色だった地面に緑が萌えだす季節でもある。
私にとって春を感じさせてくれるもう一つのアイテムが草だ。

春の草、というと皆さん何を想い浮かべるだろうか。
タンポポ、という人が多いかもしれない。ただ、タンポポは時期的に桜よりちょっと遅い。
桜に先駆けてその緑を表してくれる草もある。
私が春を感じる草はカラスノエンドウかな。


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この草はかなり密集して寄りかかるように生えるので、遠目に見ると緑の綿がモコモコッと盛り上がっているようで「あの上に寝たら気持ちいいだろうな〜」などと、まるで「雲の上に寝たい」と子供が空想するような想いを描いたりする。実際寝たら自分の体重で押しつぶしちゃうけど。

私はこの草がけっこう好きだ。花の色が上品だし、羽状複葉に巻きひげという葉のいでたちも愛嬌があっていい。もっとも人によっては気味悪がる人もいるようで。なんでも「怪奇植物?」を連想するらしい。(^^;;;
ヨーロッパあたりでは緑肥として一般的な存在らしい。日本ではレンゲだが、あちらではカラスノエンドウ(あちらでは「ザートウィッケン」というらしい)。ちなみにカラスノエンドウは本家?エンドウと同じくサヤ豆を成らすんだけど、これが食用になるというのは意外に知られていない。草全体もおひたしにして食べる地方もあるようだ。
これを「怪奇植物」と思ってる人はとっても食べられないだろうけど。

そういえばレンゲもあまり見なくなった日本の田んぼ。
化学肥料を使うところが圧倒的になってきたようだ。
時代の流れなのだろうが、ちょっと寂しい気もする。
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タンチョウが教えてくれたこと

2012/03/29 21:55
3月ももう終わろうとしている。
遠く釧路湿原でも寒かった冬にようやく終わりの兆しが見え、タンチョウたちも営巣地に戻りつつある。雪のタンチョウ撮影シーズンもしばし閉幕だ。

早いものでタンチョウの写真を撮り始めてからもう6年になる。
「SL冬の湿原号」の撮影の帰り道に立ち寄った鶴居村でタンチョウの舞う姿に魅せられてしまったのがつい昨日のようだ。あの当時、今考えれば稚拙極まりない写真ばかり撮っていたものだが、6年の歳月を経てようやく人様に見せても恥ずかしくない程度の写真が撮れるようになり、写真展を開かせてもらうまでになれた。

しかし今思い返してみると、ある一つの想いを抱くことがなければ、おそらくここまでタンチョウにのめり込むことはなかったし、タンチョウ写真も早々にやめていたのではないかと思う。それは…。

誰でも同じだろうが、タンチョウ撮り始めの一年、二年というのはどうしても華やかな舞や飛翔というものばかりを撮ろうとする。タンチョウの美しさをもっとも際立たせる動きだから当然ではあるのだが、それも三年目あたりになるとマンネリ化の傾向が出てくる。というより、ちょっと「飽き」が出てくるのだ。サンクチュアリで三脚を立てて、いざダンスや啼き合いが始まると嵐のように連写する。しかし、そんな瞬間は一日の長い時間の中ではほんの一時に過ぎない。それ以外の時間、タンチョウはのんびりと地面のコーンをついばんだり、あるいは首を背中にまわして昼寝のポーズを取ったり羽づくろいいをしている。そうした時間のほうが圧倒的に長い。そうしたシーンにはあまり写欲がわかず、「待ち時間」と化してしまっていたというのが正直なところだ。ましてダンスの写真というのは100回シャッターを押して「これ」というのが一枚撮れるかどうか、という状態。
たぶんそのままだったら、「しょせん一時の気まぐれだった」ということで早々にタンチョウ撮影から手を引いていたかもしれない。


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三年目の冬。
2月にしては暖かい日。タンチョウの動きも鈍く、ほとんどが静かに佇んだいたりのんびり歩きまわっているだけ。ダンスもケンカも起きない。その日は朝の音羽橋も気嵐も立たず印象的なシーンは見られなかった。だから余計に「つまらないなぁ」という思いが強かったように思う。その時一羽のタンチョウが柵の近くまで歩いてきた。
私との距離ほんの3〜4m。連れあいはおらず独り者…よく見れば初列風切の先が黒い亜成鳥。
正直「コイツ、ジャマだなぁ」と思った。そのツルがいるおかげでその向こうにいる番いや家族が隠れてしまっているのである。ところがそのツルは一向にどこうとする気配もなく、一本足で立ったままじっとこっちをみつめているのである。私もそのツルの顔をしげしげと見た。視線が合った。

その時ハッとした。
こちらをまっすぐ見据えた黒い目。まるで黒曜石の中に白い点を宿したようなつぶらな目。その目は何かを語りかけているようだった。それが何なのか、人間の私にはわからない。ただ、何かを語りかけているような気がしたのは確かだった。しばらくそうして「お見合い」が続き、数分後、そのタンチョウはゆっくり私の視線を外れ、ナラの木のほうへ向かって歩いて行った。
タンチョウの「目」「瞳」というものをそれまで意識したことはなかった。同時に、彼らにも豊かな感情があるということを理屈ではわかっていても実感として感じ取ることはなかった。それまで私が追いかけていたタンチョウはあくまで「被写体」にしか過ぎなかったのだ、ということをその時おぼろげながら思ったのである。
その後、三脚に据えていたレンズを覗いて向こうに佇んでいるタンチョウたちを一羽一羽、最大望遠にして見てみた。もちろんシャッターを押さず望遠鏡代わりにして。
すると、首をまげて寝ているように見えるタンチョウもよく見ると羽の間から顔がのぞき、黒い瞳がクルクル動いてあたりをうかがっているのがわかる。ただ、餌をついばんで歩いているだけのツルもよくよく見ていると時折後ろを振り返って自分の子供の幼鳥に「こっちに来なさい」」とばかり目配せをしているのがわかる。ただ羽づくろいをしているだけにように見えるツルの頭が真っ赤になっていて、実は目の前の別のツルを威嚇しているのがわかったりする。「つまらない」どころではない、彼らは実にさまざまな表情を見せていたのだ。

そう、彼らは「被写体」である前に生き物なのだ。
いま目にしているのは彼らの生活そのものであり、そこには彼らなりに悲喜こもごもの毎日がある。
ちょっとした仕草一つ一つにもちゃんとした意味があり、それがまた次の動作を生む。それが何を意味するのか、はその年の春本を買って読むようになってから初めて知った。正富宏之先生の「タンチョウそのすべて」という分厚い本…その年の春から秋にかけて、この本を繰り返し繰り返し読みふけった。そうやってタンチョウの生態そのものに興味が湧くようになると、今までとは違った意味でタンチョウへの魅力をさらに感じるようになったのである。

これまでさして気にもとめていなかった小さな動作や表情というものを見ていることが楽しくなった。シャッターを押す押さないということはさして問題ではない。見ているだけで楽しいのだ。それまで、一日のうちでほんのわずかなチャンスであるダンスだけを狙ってあとは「待ち時間」となってしまっていたタンチョウ撮影が、一日中が「忙しい」充実したものへと変化していったのである。もちろん、写真撮りの性で美しい飛翔や舞を撮りたいという思いは常にあり、そのチャンスも窺ってはいるが、それ以外の時間も貴重な観察時間になったのである。



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そう、今にして思えば、最初の二年間は「被写体」としてのタンチョウしか私の頭の中にはなかったのだろう。
しかし、すべての写真撮影に言えることかもしれないが、ファインダーの向こうの動物や風景、あるいは建物、あるいはSL…それは「被写体」である前に「そのもの」なのだ。実に当たり前のことだが、その当たり前のことを忘れている人が結構多い。かつての私を含めて…。

ファインダーの中の世界だけにとらわれると視界が狭くなる。
時にはシャッターを押さずにじっくりと眺めてみるのもいいかもしれない。
SL撮影にしても同じだろう。写真の結果をイメージするのもよいが、時には被写体ではないSLそのものの魅力というものに想いを馳せてみるのもいい。そうすることで自分の写真の幅というものが広がるような気がする。
少なくとも私は、あの日サンクチュアリであのタンチョウと「お見合い」して以来、自分のタンチョウ写真は大きく飛躍できたと思っている。

ひょっとすると彼はこう言っていたのかもしれない。
「もっと肩の力を抜いて俺たちを見てくれよ…」と。
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本当にいい写真

2012/03/26 21:26
…というものがあるとすれば、カメラも写真も、あるいは被写体についても何も知らない人が見て「いい写真だね」「きれいだね」という写真が「いい写真」であるというのが私の考えである

何を撮ったのか、素人がパッと見ただけではわからないような、あるいは「るる」説明されてやっとわかるような写真というのは私に言わせればその存在自体「社会の迷惑」であると、ここで言いきっておこう。そういう写真を一生懸命撮ろうとしている人も多いようだから。(^^;
「この写真のよさがわからないヤツには見てもらわないでいい、わかるヤツだけわかってくれればいい」というような写真を撮って悦に入ってる人が多いようだ。

私は俗に言う「前衛芸術」と称されるものは大嫌いである。
一般人が見ても説明されなきゃ(説明されても?)わからない。
それを、作者の99%までが「見る側の感性の問題」だとノタマウのである。こんな人をバカにした話があるか?
そもそも優れた芸術というのは見る側の感性がどうであれ、最大公約数でいかに多数の人間がそれに共感するかで評価を得られるものである。

書道をやったことのある人なら「楷書」→「行書」→「草書」という具合に難度が増していくというのは誰でも知っている。しかし、だからと言って楷書が行書より芸術的に劣っているなどということはない。そんなことを言えば多くの書家は烈火のごとく怒るはずだ。現に中国初唐の欧陽詢や褚遂良といった楷書の神様の書体は今でも書の最高峰として崇められている。

ところが、書道の世界でも楷書もロクに書けない癖に行書や草書を書きたがる輩が多いという。これと同じことが写真の世界でも言えるようで、定番的な写真、構図をハナから馬鹿にしてかかってちょっと毛色の変わった写真ばかりを撮ろうとする人がいる。そのこと自体は悪いことではないが、ともすると定番的な構図取りに対する蔑視の念が芽生えることになる。それが勘違いの第一歩。
ちゃんとしたプロは定番と称される場所の撮影でも全身全霊込めてキッチリと撮る。「これ以上の定番写真が撮れるか!」という声が聞こえるほどの…。

誰が何と言おうと「好きなものを好きなアングルで好きなように」撮ればそれでいい。
そういう意味ではどんな写真を撮ろうが余計なお世話、というワケだが、もし他人の目を意識するのであれば、少数のオタクの目ではなくて、できるだけ大きい最大公約数を得られる写真を撮るほうがいいだろう。
わかりやすく言えば「素人が見て、いいと思う写真」が本当にいい写真だということだ。

ここまで書いて思い出したのが小説「坂の上の雲」の一説。
…戦術・作戦というものは素人が見てすぐに理解できるものでなくてはならない。「るる」説明しなければ理解できない作戦というのは往々にして敗者のそれでしかない。


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それにしても…自分の思い入れのある作品と、鑑賞する側が好む作品というものはやはり微妙にズレがあるものらしい。
先日からささやかながらタンチョウの作品展を知人と共催で開いているが、自分がもっとも愛着を持って展示した作品よりも、「添え物」のつもりで展示した作品のほうに人が群がるのを見て、自分もまだ鑑賞する側の最大公約数をいうものを捉えられていないということをちょっと感じた次第。
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2012/03/20 20:29
今年は桜の咲き出しがちょっと遅くなりそうだ。
各地で桜祭りを構えている人たち、とりわけイベント業者さんは気が気でないだろう。
お祭り当日にまだ一分咲き…では商売にならない。

もっとも桜の場合、梅と違うのは単純に冬の寒さが厳しいから、あるいは長いから咲くのが遅くなる、というわけではない。
桜は夏に翌年の花芽が形成されるのだが、形成されたあとは長い休眠期間に入る。その休眠を打破するには一定期間寒い気候にさらされなければならず、具体的には1〜2月頃に一日の平均気温が3〜9℃程度の日が半月ほど続けば休眠から覚めると言われている。そういう意味では今年の桜はもう休眠から覚めているはずで、あとは開花のきっかけになる気温上昇さえあればいいわけだ。
つまり、今までいくら寒くとも暖かい日が続いてくれれば一気に開花から見頃ということもありうるわけで、「今年は寒いから開花が遅い」とは言えないのである。却って暖冬の年のほうが休眠が打破されずに桜の開花が遅くなることが多い。このことは意外に知られていないようである。



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問題は、開花のきっかけになる気温上昇がいつ起こるか、である。
どうも今の予報ではここしばらくは劇的に暖かい日が続くようには見えない。今年の桜は遅い、というのは「いままでが寒かったから」ではなく「暖かくなる兆しがまだ見えないから」なのだ。
この週中には15℃、16℃くらいの日がありそうだが…。
静岡の開花予想日は3/25だけど、開花日よりも開花した後の花の進みが早いか遅いか、だろうね。

ところで桜は日本の国花、とみんな思っているけれど、実は日本には法で定めた国花というのはない。
だから日本の国花は「桜」という人もあれば、「菊」という人もいる。
ちなみに世界でも日本ほど多くの種(野生種・園芸種ともに)が存在する国は皆無で、むしろ外国から「日本の国花は桜」と認識されているのが現状。
100円玉の意匠にも使われているんだから法律で決めてもいいと思うけどね…。

3月27日は「サクラの日」だそうだが、これもあまり知られていないようだ。
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汽車

2012/03/17 21:49
今では「SL」という言葉が一般化しているけれど、私が小学生のころはそんな言葉はなかった。中学生になってどこからか「エスエル」という言葉を聞きつけて、それが妙にカッコイイ、時代の先端を行く「流行語」?のように思えたものである。

「SL」はもちろん Steam Locomotive の略であることはほとんどの人が知ってると思うけど、それなら本家のイギリスやアメリカで蒸気機関車のことを「SL」という略称で呼んでいるかというと、そういう話はトンと聞かない。事実、私は何度かアメリカに行った折に向こうの鉄道員、それも保存鉄道の職員に「SL」という単語?を使ってみたが、返ってきた返事は「What?」だった。(^^;
つまりこの言葉はほとんど和製英語に近いシロモノなのだ。


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この言葉の登場以前、一般の人が蒸気機関車あるいはそれが牽く列車のことを何と呼んでいたか。
それは言わずと知れた「汽車」である。
この言葉は今でも通じる…はずである。
もちろん初めは字が示す通り蒸気機関車が牽く列車をさす言葉だった(というより、昔は蒸気機関車が牽く列車しかなかったから)が、蒸気機関車が次第に姿を消していき、先頭に立つのがディーゼル機関車や電気機関車になっても、あるいは客車列車がディーゼルカーや電車になっても「汽車」という言葉は生きてきた。いわば鉄道車両全般をさす言葉として、蒸気機関車引退後も使われ続けた言葉である。
それが証拠に、
「明日大阪まで行くことになった」と言って「飛行機で?」と聞かれたとする。
そこで「いいえ、汽車で」と答えても通じないことはない。
古いヤツだなぁ、と思われるのは確実だが。新幹線だって汽車なのだ!

それだけ人口に膾炙した「汽車」という言葉だが、かつての文部省はこの言葉を抹殺しようと躍起になっていたフシがある。「汽車とは後進国の表現である」というバカな発言をした文部官僚がいたというのが一時新聞を賑わしたし、音楽の教科書から次第に汽車の歌が消えていった。

唱歌…というと古いな。童謡で汽車といえば、多くの人が思い浮かべるのは
♪汽車 汽車 ポッポポッポ シュッポシュッポ シュッポッポ♪で始まる「汽車ポッポ」だろうけど、この歌は昭和34年生まれの私が小学校に入ったときにもう教科書から消えかかっていた覚えがある。今でもおぼろげながら覚えている小学校1年の音楽の教科書、その中ほどにあった「うたのまち」の次のページが「きしゃ」だったけれども、それは「今は山中今は浜…」で始まる蒸気機関車の描写がまるで出てこないほうの歌だった。しかしそれさえも、しばらくすると教科書から抹殺された。やはり「汽車」という言葉が気に入らなかったらしい。文部省のクソヤロー!
たしか、国鉄の無煙化を待たずに文部省は音楽教科書から「汽車」の言葉を消し去って、省内では万歳三唱が唱えられた…かどうかは知らない。(^^;
ところが面白いのは、大井川や山口線でSLが復活するとまた文部官僚はウロタエて、NHKに圧力かけて「みんなのうた」なんかでしきりに流すようになった。

「時代にそぐわない」という理解不能な理由で音楽教科書から消されたのは「汽車」だけではない。
「村の鍛冶屋」「めだかの学校」「桃太郎」「村祭り」「月の砂漠」…いい歌ばかりだけどね。
「近代日本にもう村なんてほとんど存在しないから」とかなんとかいう理由で(鶴居村の人、怒るぞ!)ダメだとか、桃太郎は犬猿雉を手下のように使って残酷に鬼を殺したとか、文部官僚の考えるリクツは意味不明。
歌というのはリクツではなく情緒に訴えるものだということが全然わかってない。

当時の文部官僚の狙いが功を奏したわけでもあるまいが、今は「汽車」という言葉を使うのは少数派になっていて、かつての「汽車」という言葉が「電車」という言葉に置き換わっている。たとえ電化されていない路線でも「電車」で通用してしまう。まあ、それも時代の流れだからいいじゃないか、とは思うけど、れっきとしたNHKのアナウンサーが非電化路線で「ここで走る電車は」とやっちまうのはイタダケナイ気がする。「汽車」なら許すけど。(^^;

私自身も話し言葉としては「SL」は軽いし「蒸機」は重いし、という気がするので大井川でも山口でも「汽車」と呼ぶことが多い。
現にこの二つの線の沿線の人たちはいまだに「汽車」という言葉を字義どおりに使っている。
茶畑で作業していて「汽車が来たらお昼にしようか」とかね。もっとも若い人は「SL」って言ってる人もいるけど。
「近代日本にそぐわない言葉は抹殺する」というマヌケな文部官僚の陰謀は、かくして水泡に帰した、というワケで…。

ところで「汽車ポッポ」という歌はもう一つあって、こっちのほうが早く抹殺されたのだが、
はるかに鉄チャン受けのする歌である。
なにせSLプッシュプルが出てくるんだから。(^^;

♪お山の中行く汽車ポッポ♪
♪ポポポポ黒い煙(けむ)を出し シュシュシュシュ白い湯気吹いて♪
♪機関車と機関車が前引き後押し♪
♪なんだ坂 こんな坂 なんだ坂 こんな坂♪
♪トンネル鉄橋 ポポポポ♪
♪トンネル鉄橋 シュシュシュシュ♪
♪トンネル鉄橋 トンネル鉄橋♪
♪トンネル トンネル とんとんとんと登りゆく♪


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この歌のモデルになったのはどこの線なんだろうな…。
一説には御殿場線(かつての東海道本線)と言われているけれど。
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不健康自慢

2012/03/13 22:19
大井川の春の重連運行も無事終了。
さあ、これでいよいよ春本番…とは今年はならないようだ。
2月なみの寒さがしばらく続くそうな。


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周囲を見渡してみても、風邪引いてる人多いよね〜。
かく言う私も先月エライ目に遭った。(^^;
前にもちょっと書いたけど、最近はやたら医療・健康関係のTV番組があると見入ってしまう。今日もやってたけど。まあ、自分の体を気遣わなきゃならないトシになったということは素直に認めようか。(^^;
まだまだ体力的には若い人に引けは取らないつもりだけど、「年寄りの冷や水」とかなんとか言われないように。

私と同年代の人間が三人以上集まって酒を飲むと、必ず健康関係の話題になる。ホント、トシだよね。
「健康関係の話題」と言えば聞こえはいいけど、要は「不健康自慢」(!)が始まるのだ。
「俺、この間の健康診断で胃にポリープ見つかった…」
「血圧、150から下がらないんだよね、ヤバイかな」
「俺は二次健診でもハネられて精密(検査)受けるハメになったぞ」
「お前らなんかまだいい方だ!俺なんかな、この間カテーテル入れて…」
な〜にを自慢してるんだか。(^^;;;
同年代の男が集まっての話題、昔「プロ野球と女」、今「不健康」…なんだかなぁ〜。

あ、そういえば今年1回目の健康診断、あと二週間だ。
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政治家ニ告グ

2012/03/07 20:49
東日本大震災からまもなく一年。
被災地の現状を見るにつけ「一年たってまだ…」と今更ながらに被害の大きさを追認するような感じだ。
被災された方々が一日でも早く以前の生活に戻れるように、というのは全国民共通の願いではあるが、同時にそれがいかに困難な道のりであるかということも日を経るに従ってわかってきた。
ここで我々ができることは何だろう?
ひとつ確実だと思われるのは、一人一人が自分の生活をこれまで通り維持して国全体の経済活動を滞らせないように努力することかな、と思う。何も無理して大きな買い物をする必要はないが、萎縮して買い控えをするようなことがないように…そういう意味では国民が萎縮するような経済政策だけは取ってほしくない。

消費増税が必要なのはもう誰もわかっている。やるな、とは言わない。ただ、やる以上きちんと筋道立てて明確なプランを示してくれないと。それと二大政党どちらも消費増税をやると言っていながら何をつまらぬことでツッツキあっているのか。バカかお前らは!
「小異を残して大同につく」という言葉がある。そりゃ、細部の詰めは必要だろう。だが今両保守党が論点にしている部分、あまりにバカバカしい。要は自分のトコロのメンツを立てたいというだけじゃないか。
そうやって「時間を浪費する」ことのほうがよっぽどこの国に与える損害は大きくなるということを誰もわからないのか…。結局彼等は真剣に考えていないんじゃないかね。震災も不況もホンネを言えば「ヒトゴト」なんじゃないの?
建前上いろいろ言ってはみるけど腹の中は「ま、どっちでもいいや。俺はそこそこ金もできたし、老後の心配もないから」ってな政治家が半分以上じゃないのかね。
そもそも防衛大臣に任命された男が軍事防衛に関してズブのシロウトなんてのは他の国じゃありえないよね。大丈夫かいな、我が国は?「北の国」じゃ笑ってると思うよ。
なんであんな大馬鹿に税金で給料出さなきゃいけないんだ。
「白痴」を大臣にするな!
ホントに腹が立つ…。

二・二六事件を起こした青年将校の気持ち、わかるような気がする。
あの手段は決して許されるものではないけれど…。

今の日本の政治家全員に告ぐ。
「オマエタチノ父母兄弟ハ、国賊トナルノデ、皆泣イテオルゾ!」
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どうなのかなぁ…

2012/03/04 01:23
今冬のタンチョウ撮影シーズンもそろそろ終盤にさしかかってきている。
今季もさまざまな人と出会い、そして語った。給餌場で、凍てつく日の出前の音羽橋で、夕暮れ迫る菊池牧場で、あるいはまた夜更けの宿で…。
一年に一度だけ出会う人、なぜか夏、秋、冬と顔を合わせる人…もちろんその日だけの束の間の語らいになってしまう人もいるが、それもまた大切な出会いだと思っている。


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ただ、同時に眉をひそめるような行動をする人と出会ってしまうこともある。これはSL撮影でもタンチョウ撮影でも同じだが…。給餌場で大声で騒いでいる人、立ち入り禁止区域内に入って撮影している人、原色系の服装で飛翔ルートの真下で撮影しようとする人…。
どんな世界にもいろいろな人がいるものだとつくづく思うのだが、こんなこともあった。

ある日の晩。
私が定宿にしている宿では、夕食後に宿の主人を中心にして宿泊者が三々五々と集まって夜更けるまでタンチョウ談義や写真談義に花が咲く。この日も私が部屋を出て階上のライブラリに上がった時にはすでに談笑の輪が。私もその中に加わらせてもらう。
韓国から来られたグループのようで、メンバーのうち二人は日本語が達者。
話が昼間のタンチョウ撮影に及ぶと「今日はあまりよくなかったです」。その日は風の強い日。私などは、地上のタンチョウの動きは激しいし、降下してくるのも旋回滑空しながらだったから面白い写真がたくさん撮れたのだが、初めての人には確かに難しいコンディションだったかもしれない。明日の予報は快晴で風も収まるということになっている。
と、一人が宿の主人に向かって「明日、4人泊まれますか?」と切り出した。主人は下に下りて行って予約状況を確認してきたが洋室は満室。ただ、和室で全員相部屋でいいならなんとかなる、という返事。すると「じゃあお願いします」ということになり、宿の主人は再び階段を下りて行ってその人たちのために予約台帳に書き込みに…。

「明日は阿寒湖見に行くつもりだったけど、一日延長ね」
二週間の行程で道東から道北を回るそうで、ハングルでぎっしりと書かれた旅程表を広げて再び話がはずんでいた。話を聞いていて「うらやましいな〜」と思ったのだが…。ちょっと待て。明日の宿はどこか他の場所を予約してあるはず。日本人ならいざしらず韓国から来ていきなりその日その日で宿の予約はしないだろう。まして4人グループなら。
聞いてみると川湯温泉の有名な旅館(かなりハイクラスの部類に入る)を予約してあるそうだ。
「これでまた明日またカクケンダイ(「鶴見台」のことらしい)にも行けるネ」
嬉々として話しているのだが、一向にその宿にキャンセルの電話を入れようというそぶりがない。こちらも差し出がましいことも言えず…。
すでに時計の針は22:00を回っている。

それからしばらくして韓国人グループはそれぞの部屋に引き揚げて行った。
その後、残った私は宿の主人としばらく酒を酌み交わしながら雑談をしていたのだが、お酒の瓶を抱えて座を移しながら宿の主人が一言、「あれが国民性なのかなぁ〜」と。
たぶん…多くの日本人だったら、同じ立場にあったにしても前日のキャンセルというのはちょっと気が引けるものだと思う。ビジネスホテルならいざ知らず一泊二食付きのホテルや旅館ともなればキャンセル料は少なくとも20〜30%は取られるだろう。ましてさっきの様子からしても今日中にキャンセル電話を入れそうなそぶりはなかった。となると当日キャンセル。50〜100%のキャンセル料を取られても不思議はない。いやキャンセル料以前に、なんとなく後ろめたい気持ちになるはずだ。飛行機の欠航とか病気とかの不可抗力ならともかく自分の勝手な都合で当日宿をキャンセルするなど、少なくとも私にはそんな勇気はない。本来なら他に泊まりたかった人がいたのを私が先に部屋を押さえてしまったおかげで予定を変えなければならなくなった人がいるかもしれない、そう思うとなおさらだ。たぶん多くの人が同じような感覚を持っていると思う。
ところが、彼らはアッケラカンとしているのだ。

もちろん「規定されたキャンセル料を払うんだから文句言われる筋合いはない」と思っているのかもしれない。そう言われてしまえばそれまでだが…。欧米の人たちにはこうした考え方はあるようだ。「契約社会」というのが根付いているから。しかし彼らにしても気まぐれに前日当日に宿を変更するということはあまりない。少なくとも旅程変更になった時点で即連絡を入れようとする。今回の彼らのようにキャンセルを決めておいて小一時間無駄話ということはしない。

宿の主人に聞くと、逆の立場で当日キャンセルをされるケースが年間4〜5回あるという。そしてそのほとんどが韓国・中国からの予約客らしい。中には無断キャンセル、つまり連絡なしの不泊というのもあったそうだ。翌日の昼ごろになって「昨日は別の場所で泊まった」と電話が入るケースも。
だからそれが韓国や中国の人たちの「国民性」だとは断定できないが、サンクチュアリや鶴見台などでの撮影マナーを見ても残念ながら、大声で騒いでいるのはやはりこの二つの国の人が多い。もちろん日本人でマナーの悪いのもけっこういるのだが、あそこまで大声で騒いでいるのはいない。聞いた話では彼の国では小さな声で話すと「悪口を言われている」と思われるので大声を出すようになるのだそうな。でもそんな考え方が出てしまうお国柄って…。

誤解のないように申し添えておくが、私の友人の韓国人は日本人以上に周囲の人に気配りをする人である。そこまで気を使わなくとも、と思うほど。だから、上のようなケースはひょっとするとごくごく一部の人たちに運悪く当たってしまっただけなのかもしれないが、こうも毎年出くわすとついつい「そういう国なのかなぁ」という邪推をしてしまう。いけないとは思っていても。

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体力維持

2012/02/28 21:35
今、TVで医療関係のバラエティ?番組をやっている。
最近、このテの番組が増えた。
で、私もそういう番組があるとついつい見てしまう…というのはそういうトシになったということだろうか?まだまだ若いと強がってはいるんだけど。お医者さんだった友人に「ああいう番組あまり真に受けちゃダメだよ!」とは言われていたんだけど。
「あなたの●●は実年齢と比べて果たして…?」というのがいくつかのジャンルに分かれて出てくる。
脳は大丈夫みたいだな〜。(^^;

さて、私が「実年齢と比べて若い」と自信を持って言えるのは。たぶん脚力だと思う。
相手がアスリートでさえなければ、たぶんケトバシ合いなら誰にも負けない。(オマエは馬か!)
いや、そうじゃなくて「歩く力」という意味で。もちろん蹴りにも自信はあるけど…一応空手やってたから。(^^;

脚力というのは固有のものではない。
歩く機会をいかにもつか、ということで差が出てくる。よくSL撮影などで「列車移動で撮影する人のほうがクルマ移動で撮影する人よりも脚力がある」ということを言われるが、それは大きな間違い。たとえ列車移動での撮影であっても毎回毎回駅のそばでばかり撮影していたら、脚力など必要ない。クルマ撮影の人でも山の麓にクルマを置いて山のテッペンまで登る人もいる。
要は普段の生活でいかに「歩く」機会を持っているか、ということになるが、ここで人によって大きな差が出てくる。たとえば通勤帰りに雨に降られたとする。すると、傘をさして歩いて帰るのが普通のはずだが、最近は奥さんに電話してクルマで迎えにこさせる、ということをする御仁がいる。そういうことをしてちゃ脚が衰えるばかりなんだが。(それにハッキリ言って余計な渋滞を巻き起こすので「社会の迷惑!」である)
さらに、歩いて行ける場所にクルマや自転車で行こうとする人。
まあ買い物であれば、帰りは荷物もあるから…ということでクルマを使うのはわかる。ところが…私の友人にわずか200mしか離れていない店にタバコを買いに行くのにクルマで行こうとする男がいる。その男の口癖、
「だってかったるいじゃんよぉ〜〜」
もちろん見るに堪えないほどブクブクに腹が出ている。
クルマを出している間にその店との中間点くらいまで歩いてるだろうが…と思うんだが、本人は意に介さないらしい。要は「歩くのがイヤ」なのだそうな。足腰衰えてもクルマの運転はできるという幻想を抱いているようだ…知らないよ、15年後、20年後に泣いても。

ちょっとしたきっかけでいい。
ある程度の年齢になったら、意識して「歩く」ということを習慣づけたほうが無難。エスカレーターを使わずに階段を使うとか。私は毎朝毎夕、東武野田線から埼京線への乗り換えで長い通路階段を往復しているけど、エスカレーターは使わないようにしている。大宮の埼京線ホームからコンコースまで昇るのはけっこうツライものがあるが、これを階段で昇るかエスカレーターやエレベーターを使ってしまうかでは一年の通勤日220日余りの間には大きな差が出てくると思う。

ちなみに…俯瞰撮影も、人について登るのもいいが、時には自分で地形図見ながら山の中をポイントを探し回ってみるのもいい。少なくともかなりな体力向上にはつながるはず。一日歩いて体の節々が痛くなるようなこともあるだろうが、その分脚力もついているはずだから。
電車降りて駅近オンリー、またはクルマ降りて即撮影地、ばかりを繰り返していると、そのうち撮影そのものに出かけるのが億劫なほどに体力が衰えることになる。くれぐれもご用心…。

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子別れ

2012/02/25 23:42
2月も末。
例年ならそろそろタンチョウが湿原に帰り始めるころだけど、今年はかなり寒さが厳しいので給餌場に居座る期間が長くなるかもしれないね。

この頃になると、ディスプレイ(いわゆる求愛ダンス)も本格的になり、交尾シーンなども頻繁に見られるようになる。そういう意味では1月末〜2月初旬とはまた違った意味で訪れるには最適な時期なのだが、やはり一か月の間に二度の北海道行きはツライ。資金的にはなんとかなっても休みが…。
そうなると、やはり天候のより安定しやすい2月初旬のほうを選んでしまう。

さて湿原にいよいよ帰ろうとする時期になると、タンチョウの家族には残酷な儀式が待ち受けている。「子別れ」だ。
春の終わりに生まれて以来、それこそ目に入れても痛くないかのように慈しんできた我が子を親鳥が突き放すのだ。
この間の鶴居でも、もう体が親鳥並みに大きくなっている幼鳥が甘えて親鳥から嘴移しで餌をもらっているシーンを見た。つい半月前のことだ。


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それが…親鳥が邪険に子供を追い払い、時には攻撃を加えるようになる。
もちろん「ある日突然」というのではなく、最初は親が子によそよそしくなり次第に距離を置き始めるのだが、子供のほうはそれこそ「親の心子知らず」で、相変わらず親にくっついて行こうとする。そうするうちに日を経るにつれて親の行動はエスカレートしていき、ついには激しく攻撃を加えて子供を追い払うようになる。
まだ声変わりのしないピーピー高い声をあげて泣きながら(これはまさに「鳴きながら」ではなく「泣きながら」だろう)逃げる幼鳥。次第に自分が追い払われていることに気付き、近づきたくとも近づけない…そんなジレンマに陥ってくる。ある日、両親は子供を置き去りにして飛び立っていく。残された幼鳥が後を追おうとして足が止まっていた、そんなシーンを実際に目撃したという人がいる。見ていて本当にかわいそうだったそうな。

もちろん、親鳥は子供がうっとおしくなったから追い出すのではない。
番は春になれば、また新しい繁殖に入らねばならず、そうなるともう大きくなったお兄ちゃんお姉ちゃんの面倒などみている余裕がなくなってしまうのである。そしてもちろん、自分の子供に立派に独立してもらいたいとも思っての行動だろう(そう思いたい)。
昔、「キタキツネ物語」という映画があった。
あの中にも子別れのシーンというのが出てくるが、見ていて涙を誘ったものである。
キタキツネとタンチョウ、種は違えども「縄張り」というものを構えて生きる野生動物には宿命の通過儀礼なのだ。

さて、残された幼鳥たちはどうなるのか…ということだが、彼らはとりあえず餌を採るノウハウだけは親から教わっているが、残念ながら自分の縄張りというものを持っていない。したがって単独で行動することが難しく、同じ境遇の仲間同士で小さなグループを作って動くことが多いようだ。だから3月中旬あたりに鶴居村を訪れると成鳥の姿は数えるほどで、首筋の茶色い幼鳥や初列風切の先が黒い亜成鳥(若鳥)ばかりがウロウロしている。春になってからの最初の一年が彼らにとって人生を方向づける重要な時期になってくるようだ。

ただ、せめてもの救いは、どうやら親子は子別れの後完全に縁切りしてしまうわけではないらしい、ということ。
子供が曲がりなりにも自力で生きることができるようになると、翌年の越冬ではよく行動をともにすることがあるようだ。家族連れに若鳥がくっついて飛んでいるのはどうやらそういう関係らしい。

人間界では…まだ自立する力もない幼い子供を自分の感情で追い払ってしまうとんでもない親がいる。
野生動物はある意味愛情で子供を追い払うんだが、人間の一部にはそうした動物以下に退化してしまった輩も出てきてしまっている。これで果たして「人間は万物の霊長」などと威張っている資格があるのか…情けない。


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雪が舞う中、喜んではしゃいでいた幼鳥の姿が今でも目に浮かぶ。
もう目の前に悲しい別れの時期が迫ってきているけれど、どうか悲しみを乗り越えて立派な成長を遂げてほしい。
次の冬には、翼の先を見なければ親鳥とは見分けもつかない姿になっているはず。
その時にまた鶴居村で会おうね!
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Canon EF100-400mm F4.5-5.6

2012/02/22 21:13
このレンズほど人によって評価が分かれる代物も珍しい。「使えない!」という人と「これはいい!」という人と両極分解する。
私がいろんな人に聞いたところでは前者が6割、後者が4割で「どうもあのレンズはねぇ〜」という人のほうが多いようだ。

「使えない」という人が一番に指摘するのは「描写力」なのだが、このレンズに限らずワイド側からテレ側にF値が移動するレンズは特にテレ側の描写が粗くなるのはある意味当り前だから、指摘しているのはそういう点ではないだろう。ところが面白いことに「使える!」という人もその理由に「描写力」を挙げているのである。
いわば評価が真逆なのだ。これは何を意味するのだろうか。

ここで面白いことに気づく。
このレンズはCanonの白玉群の中でもかなりの売れ筋であるにもかかわらず、発売以来15年近くなるのにいまだにバージョンUPされていない。同じく売れ筋の70-200mmF4や70-200mmF2.8が次々Uバージョンが出ているにも関わらず、である。これはCanonがもう「見切ってしまっている」からなのか、それとも「これで十分」と感じているからなのか。ただ、不都合があると認識していれば需要の高い焦点距離をカバーするズームだけにバージョンUPを怠ることはないはずだ。

あるプロの方に聞いた話だが、購入後気になる点を逐一Canonに申し出て徹底的にレストアさせたら見違えるようになったという。一般の人間がサービスセンターに同じことを要求してどこまで応対してくれるかは疑問だが、このことからわかるのは、どうやらこのレンズ、かなり個体差が大きい(悪い言い方をすれば「あたりはずれ」がある)らしい。個体差というのはどんなレンズでも多少なりとも生ずるものだが、100-400はカバーする焦点距離が長いだけに顕著に出てしまうのだろうか…。
もちろん15年もの間には微細ながらコンバージョンが行われているはずだから、当然後期になればなるほど不都合な点は改善されていくはずだが。



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私は今タンチョウ撮影ではこのレンズがほぼ主力となっている。
先ほど言った「個体差」という点では私のレンズは「当たり」だったかもしれない。テレ側400を使ってもさほど描写が極端に落ちるようには思えないし、実際にプロの方に試し使いしてもらって「これは当たりだね」と言ってもらった。
ただ、私に言わせればどちらかというと使う側の問題という気がしないでもない。
特にシャッター優先モードを使う人に多いようだが、開放F値ギリギリでテレ端を使うような人に多く「このレンズはダメ」という言葉が聞かれるようだ。
私は最近はタンチョウはもとよりSL撮影でも絞り優先モードを基調として撮影しているから(マニュアル露出の時もまず絞りを先に決める)、そういう点でのクレームは感じない。
むしろ、この焦点距離のレンズが手持ちで使えるという機動力のほうが魅力だ。
600mmF4のほうはさすがに三脚に固定しないとツライが、こっちは最近はたいてい手持ちで使っている。

もちろん「使える」というのは、この焦点距離のズームと割り切ってのハナシ。
単焦点レンズと比較したら勝負にならないのは当たり前。
ただ…使えるのだけれど、今の時代に手ぶれ補正が二段分というのはちょっと物足りないのも事実。
そろそろバージョンUが出てくれないかな、ともチラと思っている。

そういや、「200-400mmF4:1.4xエクステンダ内蔵」ってのはどうなったんだろ?
本来ならもう発売になっててもいいはずだが…。
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チョコレート殺人事件

2012/02/13 10:43
酷寒の北海道ではなんともなかったのに、帰ってきて一週間もたってからこっちで風邪ひいて三日間も寝込んでしまった。油断大敵という言葉を実体験したような…。

さてその酷寒の北海道。
それも道東内陸部の早朝ともなれば、関東の人間が想像を絶するような寒さとなる。
特に寒気団の入り、前の晩から雲ひとつなく晴れ放射冷却が起こった朝などはたまらない。日の出直後しばらくの間がもっとも気温が下がるのだけどそんな日はどんなに高くとも-22〜21℃。時には-30℃近くまで下がる。私も過去に-29℃というのを何度も体験した。
ただ、そんな日の音羽橋はズラリと三脚と超望遠レンズが並ぶ。前夜の天気予報で「明日は寒気団が南下し…」などと言われようものなら、その分だけ三脚の立ち始める時間が早くなる。中には前夜からすぐそばの駐車場で仮眠し、夜半の除雪が終わって明け方一番で三脚を立てる豪傑も。ただ、万一のことを考えると怖くてお勧めできないが…即凍死につながるから。
(さすがに某撮影ジャンルの一部撮影者のように、前の晩に三脚だけ立てて宿に帰ってヌクヌクしてあとからゆっくりやってくる、というような卑怯者は一人もいない〜もっともそんなことをしても毎夜行われている橋梁上除雪を兼ねての夜半点検の際に持ち主不在ならば取りかたずけられてしまうし、それでなくとも長時間放置すれば伸ばした脚が引っ込まなくなったりする)
-30℃まで下がっても、それが報道されるということは皆無に近い。
理由は単純、ここが観測点になっていないだけの話。ここだけではなく道内至る所にそういう場所はあるはずだ。だから、我々が東京で「今日は北海道の●●で最低気温-▲▲℃を記録しました。これは観測史上■番目の低さで…」などとニュースで聞いても、それを真に受けてはならない。実際はそれと同等あるいはそれ以上に低い地点は星の数ほどあるはずだ。単に気象庁の観測地点が設けられておらずデータ収集ができないだけの話。



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さて、この寒さをもうちょっとわかりやすく言うならば…。
もうふた昔以上前になろうか、TVのCMで「-40℃の世界ではバナナで釘が打てます」というのがあったのは記憶している方も多いと思う。でもそこまでいかなくとも、-25℃程度でもバナナはおっそろしく硬くなる。実際に数年前に冗談で音羽橋にバナナ持ってきた人がいたけど、たぶんホントに釘打てるんじゃないかな、というくらい。
「少なくとも凶器にはなるね」(笑)

酷寒地での撮影となると、野外でのカロリー補給のために、あるいは非常食としてチョコレートを携帯していく方も多いと思う。私もそうだ。
ただ、このチョコレートも早朝の音羽橋の上で食べようとすると…普段なら簡単に割れる薄い板チョコが大人二人がかりでも容易に割れない。やっと割れた時には割れ目はまるで鋭利な刃物のようになっていて、直後ひとかけらを口に入れようとしたら、チョコのかけらの端で口を切ってしまう。これは冗談でも何でもない。数年前に私自身が目撃した実話。それ以来、チョコを食べる時にはまず慎重に舌の上に乗せて融かしてから口を閉じるようにしている。
なんだか推理小説のネタに使えそうだ。

酷寒の地の早朝起きた殺人事件。
被害者は鋭利な刃物で首筋を切られていたが、その凶器がどこからも見つからない…。
それもそのはず、凶器は既に加害者の腹の中。かくて完全犯罪成立。
もっとも、そんな酷寒の朝に首筋むき出しにしている人はいないはずだけど。(^^;
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カメラ目線

2012/02/07 20:34
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今回の撮影行もかなりな枚数を撮ってしまった。
SLとタンチョウではシャッターを押す回数は一ケタ違ってくるね。(^^;

最近は、舞や飛翔も撮るけれど、
さりげないタンチョウの表情も捉えてみたいと思うようになってきた。
SL写真で煙を盛大に吐いている姿がもてはやされるように、タンチョウの写真では番の舞(ダンス)や青空飛翔が誰もが撮りたいと思うカットだろう。もちろん私もそう。
ただ、それはタンチョウが見せる所作のほんの一部にすぎない。
相手は生き物。さまざまな仕草を見せてくれる。じっくり見ているとそのどれもが表情豊かなのだ。

驀進するSLも魅力的だが、煙を吐かずに風景の中をのんびり走るSLにも情緒があるように、派手な舞や飛翔だけではなく、さりげない彼らの表情を少しずつ絵にしていきたい。
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